2024/12/31

이상열회장 「전부가 그대로 이루어졌습니다」2024년12월29일 일요일

2024年12月29日 日曜日
李相烈(イーサンヨル)會長
「全部가 그대로 이루어졌습니다」
(韓國語+字幕 25分)
https://youtu.be/jFzfADQPBhE



李相烈(イーサンヨル)會長:

この祈禱は今年もどうなりましたか?全部がそのまま成されました。私がこの祈禱報告を聞きながら、今年王様が成そうとされる、アボニムに対するその決心が、そのまますべて成し遂げられました。我主。

だから祈禱がどれほど重要かを知るべです。それで、今年(2024年)一年は、アボニムが成し遂げようとされるその御旨を完璧に地上で、二代王様を通して成し遂げられた。ハレルヤ!

そしてところで、二代王様は今年(2024年)も何を言っておられるのですか?「クリストを失わないことが重要なことだ」今日(こんにち)、この言葉はこの一年を私達が振り返りながら、私はどんな心でこの道を今年も歩いてきたのか、ということを振り返らなければなりません。

私の考えの通りにすべてのことを決定し、私の思いでアボジを評価している私ではないか。アボジと共に正しく立っている私なのか、ということです。アボジの前に向いていない私であるなら、結局、私の人生はアボジとは関係の無い私になってしまうでしょう。結局、私達は誰もが地上に住んで霊界に行かなければなりません。誰もが。永遠に生きることはできません。永遠に。

ところで、今、このような世界的な患乱期を歩いているもっとも核心的な問題が何ですか?たった一人、韓氏オモニのその背信が、この大韓民国をはじめとする全世界が今、患乱期を迎えているのです。だから結局は、サタンが、バビロンの淫女がそのバビロンの扉を開いてサタンの勢力が全世界を今、攻撃しているのです。それで、その攻撃しているのがグローバルリストを通じて共産主義者を通じて、今、役事を広げているのです。

だから二代王様は今回、トランプ大統領当選になってから言われるのは何ですか?第三次大戦を防いだ。ハレルヤ!第三次大戦を防いだというのです。トランプ大統領の当選がまさに第三次大戦を防いだ。すべての人類、地上の人類だけでなく、霊界の人類までも、私の息子、娘達として、救援しようされる方(かた)がメシアであり、チャンプモニム(真の父母様)です。ですから、その御心を抱いて来られた方(かた)だったので、人類がハナニムの中で自由のすべての御旨を成し遂げようとして来られたのです。

ですから、アボニムは紛争があり、戦争がある所にはいつもアボニムがそこに行かれました。それで、その紛争と戦争をすべて解決されました。アボニムが。そして、美國(ミグク)とソ連のこの核兵器の危険が高まったので、ワシントン タイムスを通じてその当時にレーガン大統領をして、この核を縮小できるように作られたのです。それはみんなアボニムがされたものです。そして共産主義図の核心になる北韓やソ連を訪問して、そのソ連のその基盤を、共産主義その基盤を崩すために、アボニムは死を覚悟して行って宣布されたんじゃないですか。

それで、今日(こんにち)、二代王様が話されているんじゃないですか。「今、世界の問題を置いて、あらかじめみんな予言しておられた」と言わているんじゃないですか。それがそのまま今、成されているじゃないですか。

ところが、今までアボニムが、又、アボニムが立てられた代身者・相續者(相続者)・後繼者(後継者)、そして三代王權が、今、もっとも一線(=最前線)に立って犠牲の道を歩いて行っておられるのです。犠牲の道。栄光の道ではなく、犠牲の道。だから、結局、アボジの前に呼ばれた者は犠牲の道を行くべきです。

私は感謝な事は、去る12月10日、王様が召命祈禱を通して、そのトランプ大統領がその下に居る所で、その壇上でそのラップで召命祈禱をされたじゃないですか。だからトランプ大統領が今、どの位置にあるのか分かれば、これはどれほど大きな事件かわかりません。ところで、又、うれしいニュースがあります。今回、1月の月にその大統領就任式があり、そこにも参席されるでしょう。そして今、1月にラスベガスに行くと、トランプ宮があります。そのトランプビルディン、それはおそらく60数階になります。そこに一番上にトランプ大統領宮があります。そこに前回一度行って来られましたね。今回また参席されます。だから2月の月に世界巡廻に発とうとされましたが、少しスケジュール問題があられるようです。

王様は今日(きょう)お話しされたんじゃないですか。これは私達がうまくいって、私達が何をしているのではなく、アボニムによって、成される結果です。だから私達が何かをしてこのようになったとすれば、私たちが傲慢になります。しかし、私達が一緒にそのアボニムと心情的に一緒にすることによって、私達の中に聖霊が一緒にされて私達とアボニムとは私とお前の関係ではなく、一体関係の中で行っているのです。一体関係の中で。

だから今年の一年、私達の食口はとても苦労しました。特に私達の青年達。美國(ミグク)で韓国の青年達がそのように活動をたくさんすることによりウリ王任(ワンニム)に多くの栄光をお返ししました。王任(ワンニム)により多くのインタビューをさせてあげることができ、王任(ワンニム)の位相(いそう)をより高める役割を韓國青年達がしました。ウリ青年達の為にも拍手を送ってあげて下さい。

そしてその為にウリ食口ニム達がどれだけたくさんの献金もしてくれ、祈禱もして下さってどれだけの努力をしましたか。だから今年(2024年)はウリ食口達がみんなアボジの称賛を受けるにふさわしい方達です。だから隣の人達に、「本当に今年一年御苦労様でした」と挨拶して下さい。今日(きょう)はこれで話を終わります。

そして今、今、新しく聖殿を移そうとする所は、今日(きょう)まで礼拝をするということです。それで、荷物を運び出すのが遅れて、来年(2025年)初めに引っ越しに行かなければならないかもしれません。

次は広告時間です。

礼拝後、聖殿移転、及び、尹錫悅(윤석열・ユンソンヨル)大統領のために祈禱會があります。4泊5日原理修練会があります。期間は2025年1月8月から12日まで行われ、会費は1万ウォンです。場所は順天(スンチョン)天正宮別館で進行しますので、カンギホ伝道師にお問い合わせください。

午後、光化門(カンファムン)伝道活動、ピックアップ車両の運行を当分の間、中断します。

2025年カレンダーを作りました。家庭ごとに一つずつ名前を書き留め、おだくら幹事から受け取って下さい。

そして今、今回12月31日にその韓国青年達、今、8人が準備されていますか、はい、それで8人から9人が12月31日にタイ国に行きます。そして今回はタイの青年達、韓国の青年達、日本、そしてフィリピン、マレーシアも来ますか?だから今回はアジア側の青年が一緒に集まり、このたびは、引率は私とその副協会長が率いて行きます。それで、青年達と一緒に、おそらくタイ国で食口達と集会を持って、又、信仰相談、又、祈禱してあげ、帰って来ます。

今、この世界にアボニムがおられる時からこのアジア圏に70%ほどの食口がいます。だから結局は、三代王權に侍ってこのアジア圏が発展をしてこそ結局は世界宣教の役割を果たすことができます。しかし、今、美國(ミグク)本部でそんな役割ができないから韓国でそんな準備をして、今進行をしています。だからウリ食口ニム達がたくさん祈禱して下されば感謝します。だから私と副協会長が行って帰ったら、又、挨拶するようにします。


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📝参考(참고)


🌅天基十五年元旦・陽曆2024年2月10日
元旦零時祈禱
韓國語 16分

元旦零時集會 말씀
(韓國語+日本語 16分)





2024/12/29

‘통일교’ 전 세계회장 윤영호씨 자택과 사무실 긴급 압수수색

한글記事本文(기사 원문)



宗教と眞理 2024年12月29日
(韓國)検察が「統一教」前世界会長尹煐鎬(ユンヨンホ)の自宅と事務所緊急押収捜索

▶배임·횡령 등으로 고발... 지난 대선 尹錫悅(윤석열)후보에 100억 지원설
▶背任・横領などで告発…尹錫悅(ユンソギョル)大統領に100億ウォン支援説

2024年12月27日, 검찰이 세계평화통일가정연합(옛 통일교) 전 세계회장 윤모 씨의 자택과 사무실을 긴급 압수수색했다.
이 소식은 다음 날 새벽, 통일교 신도들 단체 카톡방에 공유되었고, 27일 검찰이 압수수색에 들어가자 선문대학교 이모 명예교수는 “통일교 안에 이런 일이!”라는 제목으로 자신의 입장을 아래와 같이 공개적으로 밝혔다.

2024年12月27日、検察が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の元世界会長である尹煐鎬(ユンヨンホ)氏の自宅と事務所を緊急押収捜索した。

このニュースは翌日の未明、統一教会の信者たちのグループチャットで共有され、27日に検察が押収捜索を開始したことを受け、鮮文大学の名誉教授であるイ某氏が「統一教会の中でこんなことが!」というタイトルで以下のように自らの立場を公開的に表明した。

“통일교회 지도자 중에는 조직을 희생해서 자신의 명예와 권력을 구하는 자들이 있다. 자신이 감당할 수 없는 기업 혹은 기관장을 맡기면 서슴없이 맡는다. 선문대학교만 보아도 그렇다. 몇 년 전에 박사학위도 없고 교수 경험이 없던 사람이 총장을 맡아 선문대학이 정부의 구조조정 예정 대학까지 가게 한 적이 있다.

최근 선문대학교에 임용된 건학이념 부총창 겸 교목실장에 부임한 인사도 그렇다. 대학의 교수 경험도 없고 대학 행정 경험이라고는 대학 조교가 전부인 사람이 언감생심 대학 총장직을 요구하다가 부총장으로 임명된 사람이 있다...
그런데 필자가 예상했던 대로 취임 몇 개월이 지나 그 사람으로 인해 선문대학교 위상과 명예가 실추되는 일이 벌어졌다. 지난주 금요일 난데없이 선문대학교에 서울 남부지검에서 선문대학교 부총장실과 교목실장 방에 압수 수색이 들어왔다. 이유는 자세히 모르겠으나 윤모 부총장이 선문대학교 부임 전 근무했던 조직에서 탈세 횡령을 했다는 것이다.

백주대낮에 파란 상자를 든 형사들이 신성한 대학 교정에 부총장실을 압수 수색한다고 활보하고 있으니 이 무슨 망신인가?...”

「統一教会の指導者の中には、組織を犠牲にして自らの名誉や権力を求める者がいる。自分が背負いきれない企業や機関のトップを引き受けると、何のためらいもなくそれを受ける。鮮文大学でもそのような事例があった。数年前、博士号もなく教授経験もない人物が総長を引き受け、鮮文大学が政府の構造調整対象大学に指定されるところまで追い込まれたことがある。 最近、鮮文大学に任命された建学理念副総長兼教牧室長に就任した人物も同様だ。大学での教授経験もなく、大学の行政経験といえば助手を務めた程度の人物が、身の程知らずにも総長の座を求め、副総長に任命された者がいる…。 案の定、私が予想したとおり、就任して数か月後、その人物によって鮮文大学の地位と名誉が失墜する事態が発生した。先週の金曜日、突然、鮮文大学にソウル南部地検が押収捜索に入り、鮮文大学副総長室と教牧室長の部屋が捜索された。理由は詳しくは分からないが、尹煐鎬(ユンヨンホ)副総長が鮮文大学に赴任する前に所属していた組織で脱税や横領を行っていたということだ。 真昼間に青い箱を持った捜査官たちが神聖な大学キャンパスで副総長室を押収捜索するとして歩き回るとは、一体何という恥さらしなのか…。」

통일교 피해자 단체에서는 “통일교 내부 비리와 관련된 것으로, 윤 씨가 한 총재의 측근으로 지난 대선 때 정치권에 거액의 불법 대선자금을 지원했다는 것과 무관하지 않은 것으로 보인다.”고 했다. 문제가 불거질 당시, 해당 대선 캠프에선 부인하였지만 통일교 측에서 폭로 당사자들을 상대로 문제제기 하지 않았고, 그 자금이 다시 통일교로 회수되지 않았다는 것이 피해자 단체의 입장이다.

統一教会の被害者団体は「統一教会内部の不正に関連しており、尹煐鎬(ユンヨンホ)氏が韓鶴子(ハンハクチャ)総裁の側近として、昨年の大統領選挙の際に政治界に巨額の違法選挙資金を提供したという疑惑と無関係ではない」と語っている。問題が発覚した当時、該当の選挙キャンプはこれを否定したが、統一教会側は告発者に対して何の問題提起もしなかったうえ、その資金が再び統一教会に回収されなかったというのが被害者団体の主張である。

이어서 윤 씨에 관해서는 탈세·횡령 혐의로 고발된 상황이다. 수사 당국은 그가 통일교 산하 재단법인 효정국제문화재단 이사장 재임 시, 기부금 수익 134억원을 임직원이 설립한 신생 업체에 투자한 것을 확인했고, 또 공시에 누락됐다는 지급금과 계열 건설사에 건넨 공사비를 더하면 문제가 된 금액이 수백억원에 달해 당시 이사장이었던 윤씨와 함께 재단 관계자 10명에 대한 수사가 진행 중에 있었다.

続いて、尹煐鎬(ユンヨンホ)氏に関しては脱税・横領容疑で告発されている状況である。捜査当局は彼が統一教会傘下の財団法人「孝情国際文化財団」の理事長を務めていた際に、寄付金収益134億ウォンを職員が設立した新生企業に投資したことを確認した。また、公示に記載されていなかった支給金や系列建設会社に渡した工事費を合わせると、問題となる金額は数百億ウォンに達し、当時の理事長だった尹煐鎬(ユンヨンホ)氏とともに財団関係者10人に対する捜査が進められていた。

이와 별개로 한 총재 주변 인물들에 대한 소송도 진행되고 있는 상황이다. 통일교 측에서 서모 전 간부를 횡령 등으로 고소한 사건은 검찰에서 경찰에 재수사명령을 내린 상태로 이 또한 경찰에서 조사가 진행 중에 있다.

これとは別に、韓鶴子(ハンハクチャ)総裁の周辺人物に関する訴訟も進行中である。統一教会側がソ某元幹部を横領などで告訴した事件は、検察が警察に再捜査命令を出しており、これも警察での調査が進んでいる。

통일교 내부 금융 비리들이 끊이지 않고 일어나고 있다. 신도들의 헌금이 일부 간부들에 의해 조직적으로 위법하게 사용되고 있다는 방증이다.

統一教会内部では金融不正が絶えず発生している。信者たちの献金が一部の幹部によって組織で違法に使用されていることの証拠と言える。


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📝参考(참고)

종교와진리「통일교 교주 신전 짓다가 빚쟁이들 찾아와 시위」 2024年11月21日


韓鶴子總裁(한학자총재)緊急指示(김급지시)


現代宗敎「統一敎 孝情國際文化財團 橫領 疑惑」2024年6月12日

통일교 효정국제문화재단 횡령 의혹





2024/12/24

장수남 청년목회자🎉「축복을 받아야 하는 이유」2024年12月29日

張秀男(장수남)靑年牧會者
2024年12月29日 日曜日
祝福(축복)을 받아야 하는 理由(이유)
(韓國語 29分)
https://youtu.be/vsbcq4RUQls



張秀男(장수남)青年牧會者
2024年12月22日
🎄「메리 크리스마스」
보통속도 54분
https://youtu.be/EjkbBK0JJN4

바쁘신 분을 위한 빨리감기 40分
https://youtu.be/wPFNWx4xjCI




2024/12/22

📖 흥남감옥안의 성자

「📖 興南監獄안의 聖者」
(韓國語+日語字幕 8分)
https://youtu.be/5Zv43DVrBVw



「💀참기 어려운 拷問」
Unbearable Torture
(韓國語+日語字幕 9分40秒)
https://youtu.be/_VxfkjZt3jc




「☠596이라는 收監番號(수감번호)」
(韓國語 9分)
https://youtu.be/sUQNycPGSeE



「🌄그리고 다시 아침이다」
(韓國語 7分半)



「監獄안의 聖者 文鮮明先生」
(韓日字幕 9分)
↑↓같은 映像(영상)
(日本語字幕 9分)


「神奇(신기)한 일」
A strange thing
(韓日字幕 12分)
↑↓같은 映像(영상)
(日本語字幕 12分)



李姸雅(이연아)님:

天一國(천일국)食口(식구)님 여러분 安寧(안녕)하십니까? 再臨主(재림주)님 目擊者(목격자) 채널에 다시 오신 것을 歡迎(환영)합니다. 

오늘은 特別(특별)한 再臨主(재림주)님의 目擊者(목격자)를 여러분들께 紹介(소개)시켜 드리려고 합니다. 참아버님의 興南(흥남)監獄(감옥)에서 같은 監房(감방)에서 있었던 친구 분이십니다. 오늘은 金仁鎬(김인호) 愛國志士(애국지사)님을 紹介(소개)시켜 드리려고 합니다. 

金仁鎬(김인호) 愛國志士(애국지사)님은 19살의 政治犯(정치범)으로 興南監獄(흥남감옥)에서 28살이 되신 참아버님을 만나시게 됩니다. 사실 興南監獄(흥남감옥)에서는 當時(당시) 25名(이십오명) 정도 한 방을 썼다고 하는데요. 그 興南勞務者收容所(흥남노무자수용소) 그 같은 房(방)에 바로 金仁鎬(김인호) 愛國志士(애국지사)님이 참아버님과 같은 時間(시간)에 같은 空間(공간)에 계셨던 것입니다. 정말 너무나 큰 因緣(인연)이 아 입니까 여기 冊(책)에서 보시면요 어 조금 흐릿하긴 한데 「서울로 오는 길」이라는이 冊(책)에서 金仁鎬(김인호) 著者(저자)가 이렇게 되어 있고 1985年度(년도)에이 冊(책)을 쓰셨습니다. 

그리고이 冊(책) 안에 「興南監獄(흥남감옥) 안의 聖者(성자) 文鮮明(문선명) 先生(선생)」 이렇게 되어 있는 課(과)가 있습니다.  러분들에게 오늘 그 課(과)를 같이 읽으면서 참아버님께서 興南監獄(흥남감옥)에서 어떻게 이 분과 같이 收監生活(수감생활)을 하셨는지 또 어떻게 模範(모범)이 되셨는지 그런 이야기들을 같이 冊(책)에서 읽어 보도록 하겠습니다. 


天一國食口ヨロブン、安寧ハシムニカ?再臨主の目撃者チャンネルへ再び来られたことを歓迎します。

今日(きょう)は特別な再臨主の目撃者を皆さんに紹介させていただきます。チャムアボニムと興南(フンナム)監獄で同じ監房にいた方です。今日(きょう)は、金仁鎬(キムインホ)愛国志士を紹介します。

19歳で政治犯として投獄された金仁鎬(キムインホ)愛国志士は、興南(フンナム)監獄で28歳になられたチャムアボニムに会われるようになります。興南監獄では当時23人から25人ほど一部屋を使ったそうです。その興南労務者収容所そのような部屋にその同じ部屋に、まさに金仁鎬(キムインホ)愛国志士が、チャムアボニムと同じ時、同じ空間におられたのです。本当にあまりにも大きな縁ではありませんか。

ここで本を見ると、少しぼやけていますが、「ソウルに来る道」という本で「金仁鎬(キムインホ)著者」、このようになっていて、1985年にこの本を書かれておられます。そしてこの本の中に「興南監獄の中の聖者文鮮明先生」、こうなっている小題があります。

今日(きょう)、その小題を皆さんと一緒に読んで,、チャムアボニムが興南(フンナム)監獄でどのようにこの方(かた)といっしょに収監生活をされたのか、またどのように模範囚になったのか、そんな話を一緒に読んでみようと思います。

この本のはじめには、終戦で韓國が日本から解放された1945年8月15日、北韓の平壌(ピョンヤン)の話から始まります。当時、高校1年生だった金仁鎬(キムインホ)さんは、光復(=終戦)の知らせと共に、「万歳」を叫んだと言います。それからその時を回想しながら、この本を書かれました。36年間、どれほどたくさんの闘志が血気と命を捧げたのか?また、どれほど多くの憂国志士が祖国光復の切ない思いを抱いて遠く離れた他国で目を閉じただろうか。この金仁鎬(キムインホ)さんは三代に渡って独立運動をされました。そして、韓国が解放されて日本が去った後にも、北韓で反共運動を続けてされた方(かた)でした。

ここで回想されたことは、民族の解放という喜びもつかのま、38度線の北にはソ連軍が陣頭して来たと書いておられます。だからすでに北側には日本が出た後の空白の権力をソ連と中国軍が再びつかみながら、強大国がこうして韓国の南側に入って来たのです。最初は北韓を保護してくれるふりをしていたロシア軍が、しばらくして夜になると手当たりしだい泥棒をし、強盗し、平壌(ピョンヤン)のあちこちでは女性たちが強姦に遭(あ)う、そのような事件も続いたと書かれています。

そんな中で金仁鎬(キムインホ)愛国志士は、金日成(キミルソン)政府とロシアの合作でだんだん共産化されていく北韓を見ながら、「ああ、私は若い学生だが、じっとしていることができない」このように考えながら、学生の身ではありますが、何かをするべきだと思われました。

だから10人の友人と「朝陽會(チョヤンヘ)」、だから、祖国の太陽というそんな小さなそのような団体を作ってチラシ5,000枚を撮り、反共運動をその幼い年で友達10人と始めたと言います。独立軍の祖父と父の血統をしっかり引き継いだ方(かた)だったようです。

金仁鎬さんは2015年、韓国報勲処(かんこくほうくんしょ)から愛国者として表彰状を受けた方でした。こうして金仁鎬(キムインホ)ハラボジが経験した記録は、私達、統一教会人には非常に大切な資料になると思います。

チャムアボニムが最も悲惨で最も難しく辛い場におられた時である興南(フンナム)監獄に、その時の生々しい事件を本当に良い筆力(ひつりょく)で私達に教えて下さるからです。だから私達は金仁鎬(キムインホ)ハラボジが経験したこれらのことを通して、チャムアボニムが経験されたことを推測してみることができるのです。

そのように見目(みめ)良いチャムアボニムが最も低く悲惨な場におられたとき、どんな人格を見せて下さったのかを、愛国志士の書かれた本、「獄中の聖者文鮮明」を通して一度皆さんと見てみたいと思います。

この時、このように「朝陽會(チョヤンヘ)」を作って反共運動を始めたと言われましたね。ところで、そのように反共運動をして、ついに発覚し、捕まったそうです。それで、当時、平壌(ピョンヤン)に住んでおられましたが、自分と一緒に10人の友達は平壌内務所に連れて行かれたということです。それから様々な拷問に遭った内容が出てきます。

チャムアボニムが1946年度8月から11月までの3ヵ月間、大同(デドン)保安署に捕まって入っておられたことが私達に知らされていますね。その時の罪目は南韓國のスパイ、そして社会紊乱罪(びんらんざい)。共産社会では福音を伝播し、反共思想を話せば、それが社会紊乱罪(びんらんざい)になりますね。そのように、アボニムが平壌(ピョンヤン)大同(デドン)保安署に入られた時、似たような時期に、金仁鎬(キムインホ)さんも平壌内務所に引っ張られて行き、あらゆる拷問を受ける話が出てきます。チャムアボニムがいろいろな拷問を受けられたことを私共が何度も聞いていますが、チャムアボニムが平壌(ピョンヤン)大同(デドン)保安署に引っ張って行かれ、3ヵ月後に出て来られたとき、瀕死状態で無罪で釈放されました。

しかし、アボニムが出て来られた時、余りにも拷問がひどかったので、10日の間、ずっと肺から血を流されるほど状態が悪かったし、当時の人々が、アボニムをどこに埋めなければならないかを相談するほど、状態がとても悪かったと回想したことを歴史の中から私達が聞いて知っています。

金仁鎬(キムインホ)さんも平壌という同じ都市で、もちろん他の場所ではありますが、様々な拷問を受けた話の部分があります。その部分を一度皆さんと読んで見たいと思います。

この本は絶版されたため、原本を手に入れられず、こうしてコピーを私が今日(きょう)は持ってきました。本の全体をずっと読んでみて、本当にたくさんの感動を受けました。

「耐えられない拷問」という小題の中をいくつか読んでみます。いろいろな拷問方式がありましたが、拷問方法の中ではまず、一番目に、「水を飲ませる拷問」というのがありますが、20分以上続く拷問となっていますが、鼻と口にホースを連結して息が出来ないようにする拷問と言います。この拷問は気を失わせた後、意識がはっきりしてない時、この拷問を加えると言われています。


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●「監獄(감옥)안의 聖者(성자) 文鮮明先生(문선명선생)」

金仁鎬(김인호)先生:

反動思想犯(반동사상범) 두 명과 3명의 雜犯(잡범) 20명씩 모아 놓았는데 이 雜犯雜犯中(잡범중)에 프락치노릇을 하는 자가 각 방마다 3명에서 4명씩 있었던 것이다. 

그리고 그들은 적게는 밥 한 덩이를 더 얻어먹는 것에서부터 크게는 자유럽게 차압을 받을 수 있거나 赦免(사면)의 혜택을 받는 것을 누린다. 

시일이 흐른 후에 아예 「동무의 발언 내용을 矯導官(교도관)에 보고하겠으리요」 이런 식으로 터놓고 거들먹거리기까지 하였으니 우리 반동 在囚(재수)들은 이중에 옥고를 치룰 수밖에 없었다. 

점심시간에 오락회 때에나 간수들의 눈치를 살피며 소곤소곤 몇 마디 주고나 받는 정도이니 어떤 때는 입에서 단내가 난 듣다. 

李姸雅王妃:

아버님께서도 興南監獄(흥남감옥)에 계실 때는 거의 말씀을 이제 안 하신 걸로 저희가 알고 있었는데, 바로 이런 이유들 때문에 아버님께서 그렇게 하신 것으로 보입니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

나와 한 방에 있던 분 중에서는 牧師(목사)인 金珍洙(김진수)氏와 社會混亂罪(사회혼란죄)로 들어온 文鮮明(문선명)氏가 있다. 

李姸雅王妃:

이제 아버님 존함이 이제 나오기 시작합니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

두 사람은 각자 독실한 신앙체계를 가지고 있었고, 범인으로는 하기 힘 절도 있는 생활과 모범적인 인간상을 보여주고 있었다. 당시 나이가 어렸던 내가 감방안에서 난장판 속에서도 흔들리지 않고 이겨낼 수 있었던 것은 이런 분들의 模範(모범)과 啓導(계도)가 있었던 까닭이라는 생각이 든다. 

李姸雅王妃:

그러면서 먼저 이제 金珍洙(김진수)牧師(목사)님이라는 분을 소개하십니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

金珍洙(김진수)牧師(목사)는 平北(평북) 宣川(선천) 출신으로 崇實(숭실)專門大學敎(전문대학교)에서 졸업한 성직에 바친 이래 오늘날까지 日帝(일제) 때부터 독립운동을 하며 감옥에 드나들었으며 오늘날은 共産黨(공산당)을 반대하다 감옥살이를 하는 분이다 독립운동을 하다 日帝(일제) 때 감옥살이를 한 것이 12차례에 이르면 나중엔 日警(일경)들의 분노가 하늘에 찔러 경찰견 우리들의 셰퍼드들과 갇혀 개에 물어 뜯기고는 했는데 그래도 너희들이 일본 개보다는 훨씬 낫구 하며 잠자코 앉아 있었다는 일화도 있었다. 

시대가 바뀌어 共産黨(공산당) 정권을 집권했을 때에도 金牧師는 朝鮮基督敎協議會(조선기독교협의회) 會長(회장)을 지내던 중 집회 시에 신자들에게 불온한 反共思想(반공사상)을 주입했다는 죄로 수감이 되어 또 다시 13번째 감옥살이를 하고 있는 중이었다. 

金牧師는 전혀 자신에 대해서 이야기를 하는 적이 없었으나 감방안에서는 이미 다 알고 있는 사실이었다. 

李姸雅王妃:

그래서 이런 金牧師(김목사)님이라는 분도 계셨다고 합니다. 그러니까 이분은 10대 후반의 나이 임에도 불구하고 사람들을 이렇게 관찰하고 평가하는 판단력이 있으셨던 것 같아요. 그러시면서 아버님에 대해서 쓰시고 계십니다. 그래서 여러분들과 함께 같이 한번 읽어보도록 하겠습니다. 「監獄(감옥)안의 聖者(성자) 文鮮明先生(문선명선생)」. 그렇게 그 챕터에 제목이 되어 있습니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

또 한 사람 文鮮明先生(문선명선생). 역시 남다른 면이 많았다. 그는 항상 곧은 자세로 있었는데 누구라도 피곤에 지쳐 서로 기대고 벽에 비스듬히 기대서 앉는게 보통인데 文鮮明先生(문선명선생)만은 항상 正坐(정자)를 하고 있어 앉음과 잠자리에 누운 태도가 분명했다. 

그는 공산당 골수 간수들까지도 인정하는 모범수였는데, 그 이유는 한치의 범칙도 용납하지 않았으며 그 건전한 체격으로 잠시도 쉬지 않고 열심히 작업을 했기 때문입니다. 

「내가 조금이라도 더 열심히 작업하면 동료들이 그만큼 수고를 덜 것이 아니겠소.」 주위에서 몸을 아끼시라고 말을 낮추면 늘 이렇게 대답하며 일손을 놓지 않았다. 文鮮明 先生의 죄명은 社會混亂罪(사회혼란죄)였는데 당시 통내로는 反動罪(반동죄)와 거의 같은 죄질이었다. 

李姸雅王妃:

그러니까 反動罪(반동죄)인 것은 이제 反共思想(반공사상)을 이제 이야기했다. 즉 공산당을 반대했다. 金日成 정부 체제 하에서. 그러니까 이제 반동죄라고 이야기하는 것이었죠. 


金仁鎬(김인호)先生:

그는 당시 여러 교파로 나뉘어 우매한 백성들을 혼란을 빠뜨렸던 기독교를 정비하고 통일해야 한다는 신념으로 진정한 믿음은 가정에서로부터라는 홈처치 운동을 전개하였다. 

李姸雅王妃:

그러니까 홈처치 운동이 1940년 아버님께서이 말씀을 설파하셨던 것이었네요. 

金仁鎬(김인호)先生:

그리하여 꼭 교회에 나오지 않아도 늘 진실한 마음으로 기도와 반성을 열심히 하면 누구든 돈독한 기독교 신자가 될 수 있다는 것을 설파하였다. 초창기에 그의 감동적이고 인간적인 설교로 많은 신자들이 모이게 되자 당시의 기존 기독교 단체들로부터 시기와 모략을 받게 되어 이단이라는 수모를 이런 기존 단체들의 편견과 공산당의 종교 말살 정책이 야합되어 급기야는 집회 도중에 연행되어 사회질서 혼란죄라는 명목으로 3年의 징역을 언도 받게 되었다. 

李姸雅王妃:

조사를 해보니까 이때 기성교회 목사 지도자 80여 명이 아버님을 공동 서명을 해서 기소를 했고, 아버님께서 식구님들과 같이 말씀을 나누는 자리에서 공산당을 이용을 해서 기독교 지도자들이 아버님을 연행시키게 된 것입니다. 계속 이제 이야기하십니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

그는 말도 없이 늘 조용한 낯빛으로 일관 했는데 일하는 것만큼은 누구도 그의 힘과 열성을 따르지 못했다. 

李姸雅王妃:

아버님은 이런 노동일을 비료 공장에서 하실 이러한 태도로 대하셨다는 것이 있어서 그것도 좀 가지고 와 봤는데요. 

참 아버님께서는 이때 흥남 감옥에서 일을 하실 때 노동 시간은 기도 시간이다 정성 시간이다 이렇게 생각을 하셨다고 합니다. 그러면서 영적인 안테나를 높이고 하나님의 영계에 협조 속에서 평양에 식구님들의 이름을 한 번씩 하나씩 부르시면서 그것을 하루에 세 번씩 반복하셨다고 합니다. 그렇게 기도하는 마음으로 노동 시간을 대했다 또한 인류 탕감의 기간을 구원을 위한 그런 시간이었다. 그래서 꼭 하나님께 불평하지 않는 것을 중요하게 생각하셨다. 이런 말씀들도 있었습니다. 그래서 한번 가져와봤습니다. 본문으로 들어가겠습니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

한 가지 궁금한 것이 있었다. 그는 한 번도 목욕을 하지 않았던 것이었다. 비료공장에서 일하고 나면 공장 육수에 몸을 씻게 하는데 文鮮明先生(문선명선생)은 매일 그냥 지나쳤다. 

하루 종일 눈코 쉴새없이 일하다 보면 비료가루와 땀과 먼지가 뒤범벅이 되어 끈적거려서 목욕을 안 하고는 견딜 수 없었기에 비록 깨끗하지 않은 반 폐수에 공장 용수에 나마 목욕을 하였다. 

후에 이 궁금증이 풀렸는데 하루는 용변이 생각나서 평소보다 두어 시간 가량 일찍 일어났다. 아직 날이 밝지 않아 감방안은 어둠의 눈을 익힐 양으로 가만히 앉아 있으려니 한쪽 구석에 어둠을 쓰고 앉아 있는 文先生(문선생)의 모습이 보였다. 「金君(김군)인가? 일찍 일어났구려.」 기도를 했는지 감고 있던 눈을 뜨며 말을 건네 왔다. 

「매일 이렇게 일찍 일어나시나 보군요 고단하지 않으세요?」 

「괜찮소. 일찍 일어나는게 몸에 배어 더 자려면 온몸이 근질거려요.」 

용변을 마치고 돌아오니 文先生(문선생)은 웃통을 벗고 수건에 물을 묻혀서 냉수욕을 한다. 

「文先生(문선생)님 춥지 않으십니까? 감기라도 공장에서 목욕을 안 하는데.」 

「이렇게라도 닦아내야 견뎌내지요.」 

알고 보니 그는 공장 반 폐수의 물엔 아예 목욕을 하지 않고 먹는 물을 아껴서 수건에 묻혀다가 새벽마다 온몸을 씻어내는 것이었다. 

李姸雅王妃:

그러니까 아버님께서는 하나님을 닮는 성체라고 생각하시면서 자신의 몸을 항상 여미고 다니셨다 이런 말씀도 있지요. 그리고 자신의 알몸을 보이시는 것을 좋아하시지 않으셨고 하나님의 몸처럼 닦아내시는 훈련도 하셨다라고 하셨는데 바로 그런 부분이 여기에 담겨 있는 것 같습니다. 계속 본문으로 읽도록 하겠습니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

일어나서 기도를 마친 후 냉수욕을 하고 또 다시 기도를 한 후 식사를 하고 작업에 나가 그의 강인한 체력과 정신력은 대단한 것이 아닐 수 없었다. 죽음에 가까운 환경에서 자신의 체력 관리를 꾸준히 함도 예사로운 일이 아니지만, 자신의 종교 의식을 지켜 나가기 위해서 금쪽과도 같은 수면시간을 2시간씩 매일 할애한다는 것은 신기하기까지 했다.


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●「神奇(신기)한 일」

李姸雅王妃:

신기한 일  그러면서 또 하나 신기한 일을 이야기하고 있습니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

한 가지 신기한 일이 있었는데 이 소문은 수용소 안에 널리 퍼져 있어서 모르는 이가 없었다. 소문에 의하면 文鮮明先生(문선명선생)에게는 神通術(신통술)이 있다는 것이다. 

공산당 골수분자인 간수들은 반동범이나 사회질서혼란범들에게는 이유할 것 없이 가혹하게 굴었는데 유독 文鮮明先生에게만 그렇지 않았다. 워낙 작업의 열심히 임하고 범칙을 전혀 하지 않기 때문일 거라고 생각하고 말았는데, 또 다른 이유가 있었다는 소문이다. 文鮮明先生에게는 神通術(신통술)이 있어서 간수들이 감히 학대를 못한다는 것이었다. 

어떤 간수가 이유 없이 文鮮明先生을 학대하면, 그날 밤 간수의 꿈에 山神靈(산신령) 같은 노인이 나타나 간수에게 타이른다는 것이었다. 그러고 나서도 또 文鮮明先生님을 괴롭히면 다시 꿈에 노인이 나타나 간수에게 처벌을 준다는 것이었다. 그리하여 어떤 악질 간수라도 文鮮明先生을 괴롭히지 못한다는 것인데, 더욱 신기한 것은 이 사실을 文鮮明先生 자신이 미리 알고 전날 자신을 괴롭힌 간수에게 간밤에 꿈 이야기를 자신이 꾼 것처럼 소상이 물어보면서 확인한다는 것이었다. 진짜 신통한 일이었으나 文鮮明先生은 이렇다 저렇다 소문에 관해서 언급하지 않았다. 

어쨌든 처음 이곳에 와서 文鮮明先生을 괴롭히던 관수들도 며칠 후에는 태도가 돌변하는 것으로 보아서 전혀 사실무근한 소문이라고 만은 할 수 없는 것 같아서 적어 보았다. 

나는 예나 지금이나 기독교도 통일교인도 아니기 때문에 스스럼없이 이야기할 수 있는데 興南監獄(흥남감옥)에 선구적이고 변함없는 언행과 인격은 두고두고 있기가 어려웠다. 

李姸雅王妃:

아버님께서 興南監獄(흥남감옥)에서 비행기 고문을 당하시고 공산당 간수의 입에서 사실은 나도 기독교인이었는데 살기가 어려워서 나도 그냥 공산당이 된 것이지 나도 하나님을 믿는 사람이었다. 나도 하나님을 믿고 싶다. 이런 간증의 고백을 받아냈다는 말씀이 있지 않습니까? 저는 이 부분을 읽으면서 그런 간증과 아버님의 신앙, 이런 영적 역사들이 바로 아버님을 보호하시고 하나님이 함께 하시는 모습이 아니었나라는 그런 증거가 아니었나라는 생각을 하게 되었습니다. 

그래서 여러분들과 정말 꼭 나누면 좋겠다 저희들의 입이 아닌 어떻게 생각하면 중립적인 再臨主(재림주)님의 목격자이신 金仁鎬(김인호) 할아버지를 통해서 이런 자료들이 저희에게 남아 있다는 것은 너무나 귀한 일이라고 생각이 듭니다. 그럼 계속 한번 읽어 볼까요? 아버님과 관련된 부분이어서요.

金仁鎬(김인호)先生:

참! 한 가지 文先生과 재미있는 추억이 있다. 당시의 수용소에서는 먹을 것 없이 것이 턱없이 부족해서 차입된 음식을 옆 동료들에게 나누어 준다는 것은 상당히 어려운 상황이었다. 

그런데도 文先生은 자기가 먹어야 할 식사를 나누어서 허기져 못 참아 하는옆 동료들에게 나누어 주곤 하는 것이었다. 

李姸雅王妃:

이 부분도 저희가 아버님께 들었지요. 아버님께서 처음에는 이제 세 번을 먹었지만 나중에는 두 끼를 새끼라고 생각하고 드시고 한 끼는 사람들에게 나누어 주는 훈련을 하셨다, 이런 이야기를 저희가 들은 적이 있습니다. 이 金仁鎬(김인호)할아버지께서 이 부분을 증거하시고 계신 것입니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

그런데 한번은 내가 母親(모친)으로부터 差入(차입)받은  옆 동료들에게 나누어 준 일이 있었다. 

李姸雅王妃:

그때 文先生도 아버님도 아마 받으셨던 모양이죠. 

金仁鎬(김인호)先生:

그때 文先生은 다음 사회에 나가면 미숫가루 한 사발에 돼지 한 마리로 환원해서 갚아 주겠노라고 말했던 것이었다. 

줄잡아 계산해 보아도 못 받아도 황소 100마리 이상은 받아야겠는데 文先生은 오늘날까지 돼지고기 한 근 갚지 않았으니 약속을 이행하지 않았다는 여담이다. 

얼핏 무슨 소리인지 이해가 안 갈지 모르는 독자들을 위해 부언을 하자면, 당시 수용소에서는 먹을 것에 줄여가며 중노동에 시달리던 재수들간의 유행하던 말이 있었는데, 그게 바로 수용소의 실상을 대표한 단편적인 풍자로 감옥 안에서 얻어먹은 콩 하나가 사회에서는 돼지 한 마리에 버금간다는 이야기였다. 

李姸雅王妃:

책이 1985년도 남한에서 이분이 이제 남한으로 피난하시고 쓰셨는데 아 그때 아버님을 찾아오셨다면 틀림없이 아버님께서 황소 열말이라도 100마리 닫아야 되는데 이렇게 얘기하셨는데 황소 100마리 이상 확실하게 주셨을 것 같은데 

어떻게 엇갈리게 되었는지는 잘 모르겠지만 지금 이제 영계에서 아버님을 만나셨으면 아버님께서 황소 100마리 이상을 틀림없이 주셨을 거라고 이렇게 생각이 듭니다. 이제 아버님에 대한 이야기를 이것을 마치고 계십니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

文先生과는 興南(흥남)에서 헤어진 후 오랫동안 소식을 몰랐으나 나나 그나 그 生地獄(생지옥)에서 살아 나왔다는 것이 얼마나 큰 祝福(축복)인지 모른다. 

李姸雅王妃:

이 이유로 金仁鎬(김인호)先生님은 이제 6키로 떨어진 興南本宮監獄(흥남본궁감옥)으로 이제 이송되게 되시면서 이제 아버님과의 인연은 이제 끝나게 되십니다. 

저희가 이렇게 쭉 한번 「서울로 오는 길」 이 책에서 아버님의 부분을 나왔습니다. 그리고 이 책에서 조금 뒷부분에서 興南監獄(흥남감옥)에서 탈출하시게 되고 아버님과 이제 마지막 만나는 부분이 이제 나오게 됩니다. 그 부분은 짧지만 한번 읽어보도록 하겠습니다. 

興南監獄(흥남감옥)에서 막 이렇게 폭격이 이루어지지 않습니까? 그 폭격이 이루어졌을 때 저희가 익히 이제 아버님의 자서전으로부터 알고 있는 이야기, 아버님께서「내 주변으로 다 모여라」 아버님 주변에 모였던 수감자들은 폭탄을 맞지 않고 살아 남게 되고 폭격이 이루어질 때 간수들이 수감자들을 다 대량을 학살하는 내용들이 나옵니다. 

오늘 그 부분은이 책의 담겨진 내용들은 읽지는 않겠지만 여러분들이 꼭이 책을 통해서 한번 읽어 보셨으면 하는 그런 부분입니다. 계속해서 이제 읽어 보도록 하겠습니다. 아버님께서 興南(흥남)노무자 수용소를 탈출하시고 나오시는 그런 부분입니다. 이 책에서는 139페이지에 나오는 부분입니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

이들 자치대의 말에 의하면 興南(흥남)收容所(수용소)와 本宮(본궁)收容所(수용소)에서는 한날 한시에 재수들의 학살이 있었고 모든 행동이 같이 하고 있었음을 알게 되었다. 興南收容所(흥남수용소)에서도 재수들이 새벽에 끌려 나오는 것을 발견하고 本宮(본궁)으로 연락 했다는 것이다. 

李姸雅王妃:

그러니까 아까 제가 말씀드린 대로 이제 폭격이 시작되면서 UN軍이 북쪽으로 다시 진격이 시작되면서 이제 興南監獄(흥남감옥)에 있던 죄수들을 다 대학살하는 것이었죠. 그리고 그것을 아버님께서 살아남으신겁니다. 그렇기 때문에 아버님께서는 이 6.25 韓國戰爭(한국전쟁)을 바로 聖戰(성전)이다. 하나님의 아버님 救出作戰(구출작전)이었다 라고까지 말씀을 하시는 것이었습니다. 

만약 그 때 UN軍의 폭격이 시작되지 않았으면 아버님은 그날 다른 그때 많은 그 수감자들처럼 학살이 될 수도 있었던 것이었죠. 그리고 마지막 순간은 이렇게 이야기하고 있습니다. 아버님을 정말 마지막 마지막으로 보셨던 순간인데요. 이 책의 페이지 140페이지입니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

입구에서 많은 사람들이 걸어 들어오고 있다. 興南收容所(흥남수용소)의 동무들이었다. 

李姸雅王妃:

제가 말씀드렸듯이 이분은 이제 6킬로가 떨어진 本宮收容所(본궁수용소)로 이제 이송이 되셨었습니다. 

金仁鎬(김인호)先生:

모두 얼싸안고 눈물을 흘리며 생존의 기쁨을 나누었다. 文鮮明氏의 모습도 보였다. 

李姸雅王妃:

아버님의 존함이 한 번 더 나오네요. 

金仁鎬(김인호)先生:

흥분과 기쁨에서 정신을 차린 우리는 누군가 선창을 따라서 萬歲三唱(만세삼창)을 한 후 먼저 죽은님들의 원통한 넋을 달래주는 마음으로 일동이 黙念(묵념)을 하였다. 

李姸雅王妃:

이렇게 돼 있습니다. 저는 여기에서 누군가 선창에 따라서 萬歲三唱(만세삼창)을 했다 이렇게 나오지 않습니까? 저는 이 부분을 보면서 이 萬歲三唱을 먼저 선창하신 분이 아버님이 아니셨을까? 항상 아버님께서 기쁜 일이 있으시거나 아니면 교회 의식 축제 할 때마다 아버님께서 이렇게 萬歲三唱을 하시는데 그 萬歲三唱의 기쁨이 바로 어디에서 나오는 것인가 생각해 봤더니 

아버님께서 이 興南監獄(흥남감옥)을 하나님께서 탈출시켜 주셨을 때, 解放釋放(해방석방)시켜 주셨을 때 그때의 기쁨을 아버님께서 담하셔서 항상 萬歲三唱을 하셨던 것이었구나. 그것이 바로 전통의 기원이었구나라는 생각을 하게 되었습니다. 

이제 그런 결론으로 한번 여러분들과 이야기해보고 싶은데요. 1985년도에 나왔던 金仁鎬愛國志士(김인호애국지사)님의「서울로 오는 길」 정말 여러가지 이야기들을 제가 오늘 나누지 못했지만 많이 담고 있습니다. 

韓國(한국)은 日本(일본)의 植民地國(식민지국)에서 獨立(독립)이 되었어도 다시 北韓(북한)을 蘇聯(소련)과 中國(중국)의 강대국들이 다시 점령하기 시작했고, 獨立(독립)이 된 5年後에는 韓國戰爭(한국전쟁), 즉 6.25動亂(육이오동란)이 발발했습니다.

저도 사실은 책으로만 이제 韓國戰爭(한국전쟁) 6.25戰爭을 배웠기 때문에 6.25戰爭이라고 말을 하고 사진으로 뭐 피난 뭐 이런 것들을 보긴 했지만 그래도 그것들이 이렇게 생생하게 사실은 다가오지 않았습니다. 

6.25는 民族相殘(민족상잔)을 비극이다. 6.25로 몇명이 죽었다. 이런 것들은 들었지만이 책을 읽기 전까지는 얼마나 비참하게 6.25가 이루어졌고, 그리고 강대국들 사이에서이 한국이 겪어야 했던 그 모습은 바로 참 아버님께서 再臨(재림)메시아로서 이 땅에 오시고 닦으셔야 했던 그 蕩減路程(탕감노정)에 매크로의 부분이 아니었나 그런 생각도 해보게 되었습니다. 

그래서 초등학교 고학년에 子女들이 있으시다면 10대의 子女들이 있으시다면 꼭 이 책을 한번 「서울로 오는 길」을 한번 읽어 보셨으면 좋겠다라는 생각을 했습니다. 참아버님이 20대의 삶과 참아버님의 20대의 人品(인품)이 어떠하셨는지를 많이 궁금하실 텐데 바로이 책이 아버님의 그러한 모습들을 여러분들에게 단면적으로나 보여줄 수 있는 그런 좋은 소중한 자료가 된다고 생각합니다. 

그리고 우리의 天一國国歌(천일국국가)가 어떠한 배경으로 쓰여졌는가  라는 것을 정말 소상히 생생하게 저희들에게 알 수 있는 그런 소중한 자료가 된다고 생각합니다. 

다시 한번 참 아버님의 興南監獄(흥남감옥)에 그 獄苦(옥고)의 내용을 객관적으로 제3자의 중립적인 再臨主(재림주)님의 목격자의 입장에서 이 책을 집필해 주신 고 金仁鎬(김인호)愛國志士(애국지사)님께 다시 한번 感謝의 말씀을 드립니다. 

오늘 저희 再臨主님의 목격자 채널을 다시 한번 함께 해 주셔서 感謝드리면서 天一國食口님 여러분더 많은 우리 再臨主님 목격자들과 함께 함으로 다음 시간에 뵙도록 하겠습니다. 感謝합니다. 




☔비에도 지지 않고 바람에도 지지않고

雨ニモマケズ
☔비에도 지지 않고 바람에도 지지않고
(韓國語 1分47秒)
(1分47秒)
https://youtu.be/KucgF163T6s



비에도 지지 않고 바람에도 지지 않고
눈에도 여름 더위에도 지지 않는
튼튼한 몸을 가지고 욕심은 없이
결코 성내지 않으며 언제나 조용히 웃고
하루에 현미 네 홉과 된장과 채소를 조금 먹고
모든 일에 자기 욕심을 내려놓고 
잘 보고 듣고 알고 그래서 잊지 않고
들판 소나무 숲 그늘 밑 작은 초가집 오두막에 살면서
동쪽에 아픈 아이 있으면 가서 돌보아 주고
서쪽에 지친 어머니 있으면 가서 볏단을 지어주고
남쪽에 죽어가는 사람 있으면 가서 두려워 말라 위로하고
북쪽에 다툼 있으면 별거 아니니 그만하라 권하고
가뭄 들면 눈물 흘리고
여름에 추위 오면 허둥지둥 걷고
모두에게 바보라고 불리는 
칭찬도 듣지 않고 걱정도 끼치지 않는
그런 사람이 나는 되고 싶다

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ(負ヒ)
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ


「雨にも負けず」 宮沢賢治

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだを持ち
欲は無く
決していからず
何時も静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆる事を自分を勘定に入れずに
良く見聞きし判り
そして忘れず
野原の松の林の影の
小さな萱葺き(かやぶき)の小屋に居て
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を背負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくても良いと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い
日照りのときは涙を流し
寒さの夏はオロオロ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
誉められもせず苦にもされず
そういう者に
私はなりたい 



Unbeaten by the rain
Unbeaten by the wind
Bested by neither snow nor summer heat
Strong of body
Free of desire
Never angry
Always smiling quietly
Dining daily on four cups of brown rice
Some miso and a few vegetables
Observing all things
Leaving myself out of account
But remembering well
Living in a small, thatched-roof house
In the meadow beneath a canopy of pines
Going east to nurse the sick child
Going west to bear sheaves of rice for the weary mother
Going south to tell the dying man there is no cause for fear
Going north to tell those who fight to put aside their trifles
Shedding tears in time of drought
Wandering at a loss during the cold summer
Called useless by all
Neither praised
Nor a bother
Such is the person
I wish to be


📝参考

✏「寒さの夏」

岩手県出身の作家、宮沢賢治の有名な作品「雨ニモマケズ」の一節、「寒さの夏はおろおろ歩き」は、東北太平洋側に吹き付ける「やませ」のことを指していると言われています。

「やませ」とは、春から夏にかけて北海道の北のオホーツク海付近に高気圧があるときに、その高気圧から吹きだしてくる冷たい海風のことで、低い雲(層積雲)や霧・霧雨(層雲)を伴い、持続すると東北の太平洋側沿岸部を中心に日照不足と低温をもたらします。


한국 이단의 산실, 통일교는 북한과 무슨 관계

編輯用資料(편집용자료)

문선명선생님의 20대는 어떠했을까요? 고(古)김인호 애국지사님의 책 "서울오는 길"에서 20대의 참아버님을 만나봅니다. ☺️

사진출처  "사진으로 보는 6.25 한국전쟁 자유와 생명의 기록" 월드피스 프리덤 유나이티드(The World Prace Freedom United)

식구님 여러분 안녕하십니까 재림주 님 목격자 채널에 다시 오신 것을 환영합니다 오늘은특별한 재림주 님의 목격자를 여러분들께 소개시켜 드리려고 합니다참아버님의 흑남 감옥에서 같은 감방에서 있었던 친구 분이십니다김인호 애국 지사님이 오늘은 김인호 애국 지사님을 소개시켜 드리려고합니다 어 19살의 정치범으로 어 토대김인호 애국 지사님은 흥남 감옥에서 28살이 되신 참 아버님을 만나시게됩니다 사실 흑남 감옥에서는 당시 2명에서 25명 정도 한 방을 썼다고하는데요 그 흥남 노무자 수용소 그 같은 방에 바로 김인호 애국 지사님이참 아버님과 같은 시간에 같은 공간에 계셨던 것입니다 정말 너무나 큰인연이 아 입니까 여기 책에서 보시면요 어 조금 흐릿하긴 한데서울로 오는 길이라는이 책에서 김민호 저자 이렇게 되어 있고요1985년도에이 책을 쓰셨습니다 그리고이 책 안에 흥남 감옥 안의성자 문선명 선생 이렇게 되어 있는 과가 있습니다 여러분들에게 오늘 그과를 같이 읽으면서 어 참아버님께서 흑남 감옥에서 어떻게이 분과 같이수감 생활을 하셨 지 또 어떻게 모범이 되셨는지 그런 이야기들을 같이책에서 읽어 보도록 하겠습니다이 책 서두에서는 일본에서해방 받은 1945년 8월 15일 북한 평양을 그리면서 시작됩니다 당시에 고등학교1학년이었던 김인호 할아버지는 광복 소식과 함께 대한민국 만세를 외쳤다고합니다 그러면서 그때를 회상하기를 이렇게 책에 쓰셨습니다 16년간 얼마나 많은투사들이 혈기와 목숨을 바쳤던 ka 또 얼마나 많은 우국 지사들이 조국광복에 애달 푼 한을 품고 이영 말리의 타국에서 눈을 감았던 ka네그렇습니다이 김민호 애국 지사님은 사실 3배에 걸쳐서 독립운동을하셨습니다 그리고 한국이 해방된 다음에도 일본이 떠난 다음에도 어북한에서 방공 운동을 계속 하셔 오셨던 분이었습니다 또 다시회상하시며 민족의 해방이라는 기쁨도 잠시 뒤로 하고 38선 이북에는소련군이 진두해안길1945년도 8월 달에 있었던 그 해방의 기쁨도 잠시 뒤로하고 벌써이북에는 소련과 중국군들이 일본이 이제 나간 공백의 권력을 다시 시잡으면서 강대국들이 이렇게 한국 이북에 들어왔던 것입니다 처음에는북한을 보호해 주던 척하던 러시아 군들이 얼마 지나지 않아 밤이 되면닥치는 대로 도둑질을 하고 강도질을 자행하면서 평양 곳곳에서는 부여자이강간을 당하는 그러 사건들도 계속 있었다라고 이야기하십니다 그런가운데서 이제 김인호 애국 지사님은 어 김일성 정부와 러시아 합작으로점점 산화되고 있는 북한을 보면서 아 내가 어린 학생이지만 가만히 있을수가 없다 이렇게 생각을 하시면서 학생 신분으로 무엇을 해야겠다라는 생각이 드셨다고 합니다 그래서 명의친구와 조양회관 그런 단체를 만들어서 어전단지 5천장을 찍고 그리고 방공 운동을 그 어린나이의 친구들 명과시작하셨다고 합니다 독립군 할아버지와 아버지의 혈통을 이어 받으셨던분이셨던 거 같습니다 김인호 애국지사는 어 2015년 한국 보훈처 애국자로표창장도 받으신 분이었습니다 이렇게 김인호 할아버지가 겪으신 기록은우리에게는 특히 통일 교회에게는 아주 소중한 자료가 된다고 생각합니다 참아버님께서 가장 비참하고 가장 어렵고 힘든 자리에 계셨던 때인 흥남 감옥에그때의 생생한 사건을 정말 좋은 필력으로 저희에게 알려 주시고 계시기때문입니다 그래서 저희는 김인호 할아버지께서 겪으신이 일들을 통해서요참 아버님께서 겪으셨을 일을 미리 짐작해 볼 수 있는 것입니다 어그렇게 찰나지만 참아버님께서 가장 낮고 비참한 자리에 계실 때참아버님께서 어떤 인격을 보여 주셨는지 애국 지사님을 통해서 어저희가 옥중의 성자 문선명 통해서 한번 여러분들과 만나 보도록하겠습니다 이때 이렇게 조양이 만들고 방공 운동을 이렇게 시작을 했다고방금 말씀드리지 않았습니까 그런데 그렇게 방공 운동을 하다가 어 드디어 발각이 되어서 어 잡혀가게 되셨다고합니다 그래서 평양의 당시에 살고 있었는데요 어 자신과 함께 명의친구들은 평양 내무서원 그러면서 여러 가지 이제고문들을 당한 내용들이 나옵니다 어 참 아버님께서도1946년도 8월에서 11월까지 3개월 동안 평양 어 대동 보안소잡혀 가셨던 것을 저희가 알고 있지 않습니까 그때 말을 들었던 것은 그때죄목은 어 나만의 스파이다 그리고 사회 문란죄 이제 복음을 전파했고때문에 사회 문란죄 공산 사회에서는 복음을 전파하고 어 방공 사상을이야기를 하면 그것이 사회 문란죄 되는 것이죠 그렇게 아버님께서도 평양대동 보안서 들어가셨을 때 어 비슷한 시기에 김인호 애국지사 할아버지께서도평양 내무서원 받으시는 것이 나옵니다 참아버님께서도 여러 가지 이제 고문을 받으신 것을 저희가 이제 익히 들어서 아는데요 참 아버님께서도 평양 동보안서 끌려 가시고 어 3개월 후에 나오셨을 때 어 빈사 상태로 어무죄로 석방이 되셨습니다 그지만 아버님께서 나오시고 너무 고문이 심했었고 때문에 10일 동안 대하에계속 피를 이렇게 쏟으신 정도로 너무 상태가 안 좋으셨고 그때 당시에사람들이 회상을 하기를 아버님을 어디다 묻어야 될까를 논의할 정도로상태가 굉장히 안 좋으셨다고 얘기를 하는 것을 역사 고증에서 저희가들어서 이렇게 알고 있습니다 어 김인호 할아버지께서도 평양이라는 같은도시에서 물론 다른 곳이었지만 여러 가지 고문을 받으신 부분이 있습니다그 부분을 한번 여러분들과 나눠 보도록 하겠습니다이 책은 책이 절판됐기 때문에 원본을 구하지 못하고 어 이렇게 카피본을 제가 오늘은 가지고 왔습니다 그렇지만 어 전체 책이수록되어 있는 것이기 때문에 저도 쭉 읽어 보면서 처 많은 감동을 받았습니다 책에서 발치해서 참 함기어려운 고문이라는 과에서 몇 가지를 어 이야기를 해 드리고자 합니다 여러가지 이제 이때 고문 방식들이 있었는데요 고문 방식 중에서는 이제첫 번째 물을 먹이는 고문이라고 돼 있는데요 20분 이상이 고문은지속되고 어 코와 입에 호수를 연결을 해서 어 숨을 쉴 수 없도록 이렇게하는 고문이라고 합니다이 고문은 매지를 실컷한 다음에 이제 사람이 거의 기진맥진할 때이 고문을 가한다고합니다 입니다 또 비둘기 장 고문이라는 것이 있는데요이 고문은 보통 3일 정도 이루어지는데요이비둘기 장 그러니까 굉장히 작은 장이죠 사람이 몸을 쑤셔 넣어야지만들어갈 수 있는 강아지 한 마리가 들어갈 수 있는 그런 작은 상자에 사람을 이렇게 집어 넣고 이제 절식을시키고 그다음에 이제 소량에 물을 주면서 밖에 추운 날 혹한에 방치하는겁니다 그러면 거의 동사 가사 상태가 되는 거죠 비둘기 장애 나왔을 때는오금이 펴지지 않고 몸이 마비가 되는 이제 그런 증상들이 있다고 합니다그리고 학춤이라는 고문도 있었습니다 춤이라는 고문은 한시간 이상 어지속이 되고요 그리고 식사 후에 어이 고문을 한다고 합니다 허리에 이제줄을 하나 매달아서 천장에다 매단 다음에요 엉덩이와 꼬리뼈를 세게 계속때리면서 몸 안에 있는 모든 음식을 개어내다 그런 고문이라고 합니다 고문들이 여러 가지가 조금 더 있는데요 조금 더 소개시켜 드리면요 심지 바퀴라는 고문은 죄수를 나체로 이렇게벗긴 다음에 사지를 이렇게 꽁꽁 묶고 남자의 생식기 부분을 빳빳한 얇은종이로 이렇게 끼워 넣는다고 합니다 이렇게 원기둥을 작게 만들어서요 그런다음에 생식기를 이제 꽉 쪼이게 되니까 그게 전체적으로 온 몸이이렇게 어 뼈마디가 쑤시고 고리 울리는 그런 고통을 느끼는 거 심지바퀴라는 그런 고문이라고 합니다 관절을 뒤틀어서 불구로 만드는 그런고문들로 있는데 그런 고문은 울퉁불퉁한 콘크리트 위에 육모 깔끔방망이를 무릎 관절 사이에 끼우고 어 사람을 이제 구두 발질을 하는 고문손가락 다섯 마디에 연필을 끼우고 조여서 어 이렇게 꺾는 그런 고문 또손톱 발톱을 다 뽑는 고은 어 고춧가루와 물을 콧구멍에 그런 붓는고문 몇 시간씩 나체로 얼음 눈덩이에 안게 하고 방치하는 영화 20도에평양은 아주 춥지 않습니까 그런 혹한 날씨에 이렇게 방치하는 그런 고문들이제 이런 고문들을 죄수들 시전을 한 것입니다 또한 감옥에 위생 상태는굉장히 좋지 않았기 때문에 상처로 인한 염증이라고 아니면 열병 전염병말라리아 이런 것들이 계속해서 어 돌기 시작했고 동상이 걸리면 어 그냥빨갛게 돼서 끝나는게 아니라 살이 썩기 시작합니다 왜냐면 치료를 제대로 못 하니까요 그러면 이제 이런 손가락그리고 발가락들이 잘라내면서 더 이제 상태가 악화되고 그곳으로 인해 많은어 죄수들이 돌아가시게 되는 그러한 일들도 비비지 했다 이런 것들이나옵니다 여러 가지 이제 이런 육적인 고통들은 아마 우리가 익히 들어보신분들이 많이 있으실 겁니다 그런데이 책에서는 어 조금 좀 특이한 고문도하나가 있어서 여러분들과 한번 나눠 보도록 하고 싶습니다 독방에서 사체와어 동침을 시키는 그런 고문이라는 과가 있어서 그 부분을 한번 읽어보도록 하고 싶습니다이 고문은 아마도 어 사람을 거의 정신적으로 어 미치게만드는 그런 고문이 두러 공포에 자기가 거의 자살하는 그런 수준의 어사람을 이제 정신적으로 고통을 주는 것인데요 또한이 독방의 가두 전에아까 제가 미리 말했던 그런 여러 가지 육체적인 고문을 시전한 다음에바로이 고문을 하는 것입니다 김인호 애국 지사님도 이런 고문을 당하고여기에서 한 과을 이렇게 쓰셨습니다 한번 같이 읽어 보도록 하겠습니다어둠에 눈이 익숙해질 때에 기다려 살펴보니 나 이외에도 두 사람이 더있었다 둘 다 잠이 들었는지 불러도 꼼짝하지 않았다 기진맥 지난 나도스스로 잠이 왔다 덜컹하고 문이 열리는 소리에 눈을 떠보니 간수 두명이 들어선다 이들은 나를 본체도 하지 않고 누워 있는 사람 중 하나를둘이서 질질 끌고 나간다 사지가 축 늘어진 채로 미동도 안고 끌려 나가는모습을 보니 문득 살아 있는 사람 같지가 않다는 생각이 들었다 간이문이 다치고 누워 있는 다른 한 사람 옆으로 다가가 보니 역시 죽은시체였다 순간 머리카락이 오싸고 싹서는듯한 섬뜻한 생각이 들었다그러나 감옥에서 수없이 많은 죽음을 보았기에 무서움도 잠깐 뿐이었다 무슨연고로 수용서 들어왔다이 모양이 됐을지 몰라도 죽음 그 자체가동정심을 일으키기엔 충분했다 비록 생전의 얼굴과 이름도 모르고 지냈다손 치더라도 우리는 생과 살을 초월하여 수용소 동문이 종인도록 방안에 갇혀 있자니 작업을 나가는게 차 다는 생각이 들만큼 괴로웠다 눈을뻔히 뜨고 죽어 있는 시체는 흡사 나를 노려보는 것 같았고 여기저기기어다니는 벌레들은 더욱 징그러웠다 뒤로 뒤틀려 수갑이어진손으로 시체의 눈을 감겨주고 나니 기분이 조금은 나아졌다 시체의배설물에 파리들이 날아다녔고 악지 또한 대단했으나 코는 곧 냄새에익숙해졌는지 그다지 역학이 느껴지지 않았다 정강이를 보니 군화에 채이고긁혀서 시뻘 거게 피가 말라붙어 있었다 저녁 대가 되니 그래도 조금은서늘한 바람이 들어왔다구나 소리가 저벅저벅 들리더니 간방 문이 열렸다간수 두 명이 들 것에 실려 있던 사람을 내동댕이 치고는 사라졌다 또시체였다 팔이며 달이며 아직 따스한 걸 보니 죽은지가 얼마 안 되는모양이다 팔다리가 엉망으로 겹쳐진 시체를 똑바로 자리를 잡혀 놓으려꽤나 힘이 들었다 짙은 포르말린 냄새가 나는 것을 보아서 병사에서 곧장 이곳으로데리고 온 것 같았다 역시 눈을 부릅뜨고 죽어 있었다 아까 같이 눈을감겨 주니 좀 전에 험한 인상이 사라지고 평안한 인상이 되었다 한만은인들이다 저녁 식사 시간이 훨씬 지난 것 같은데 배식을 하지 않는다 이것도형인가 보 구두의 시체와 나란히 엎드려 있으려니 내 육신마저 죽처럼느껴진다 한참 어머니 걱정에 몰두하고 있던 나는 이상한 소리가 들려 옴을늦게 깨달았다 가만히 두기를 세우고 들어보니 벼라별 음향이 다 들렸다툭툭 졸졸졸 꾸룩꾸룩 탁탁 누가 벽을 두드리는가 싶으면 다시 시냇물 소리가들리기도 했다 별 요상한 일이 다 있나 싶어 몸을 간신히 일으켜 앉아서들어보니 소리가 나는 곳은 시체들였다 새로 들어온 시체의 길을데어 보았다 시체의 몸속에서 끊임없이 소리가 나고 있었던 것인데 갑자기 툭하고 시체가 미동 혼비 백산을 하고 물러났으나 별 다른 현상은없었다 짧은 당시의 소견으로는 신체의 각 부분이 완전히 정지되기 지의 과정으로 생각되었다 좌우지간에 시체들과 한방을 쓴다는 것은 애써 달리 생각해보아도 기분이 육쾌한 일은 못 된다 게다가 정들기 하면 드러내 가고 다른주검들이 들어오곤 했으니 그야말로 정들자 이별이었다 며칠을 지나니 그런 대로시체들과 친해지기도 하고 잘 지냈는데 하루는 아침에 일어나 보니 새로운시체의 배를 천연덕스럽게 내가 배고 있는 것이다처음에는 조금 거림 했으나 사람의 배는 적당히 탄력이 있어서 몹이편하다는 것을 알게 되었다 일주일이 됐구나 하고 생각하던 참에 간방 문이열리고 징계 해제라는 수을 풀어줬다 일시의 두 손이 자유로워져 기분 좋은김에 옆으로 휘둘렀다 팔에 심한 통증이 왔다 매를 심하게 맞은 뒤줄곧 비틀려서 묶여 있었던 탓이다이 부분을 읽으면서 참 공산당이 얼마나악한지 다시 한번 그런 생각을 하게 됐습니다 육체적으로뿐만 아니라 이렇게 정신적으로 사람을 피폐하게 만들고김인호 애국 지사님은 이것을 잘 지켜냈지만 주검으로 독방에서 나오는 사람들도 많았다는 것을 생각해 볼 때정말 이런 방법들이 정말 악랄했다 생각을 다시 한번 해 봅니다 그리고이분이 이런 글을 통해서 또 아버님께서 그 당시에 겪으 야 할 고문들을 다시 한번 저희들도 생각해봅니다 



참 아버님께서는 오구 6이라는 수관 번호를 받으셨죠 이분은 424호아는 그런 번호를 받으셨다고 합니다 이렇게 정치 범서 아주 어린 나이의 교도소에 들어오게 되고 이제 겨우겨우평양네무소프트 이라는 단체가 북한 라디오 언론에서 대서특필 되면서 이것이대규모 남조선 침투 활동이라고 보도가 됐다고 합니다 그렇게 보도가 되면서자신들은 완전히 어 남한 스파이고문 한 극악한 정치 사범들이되어 있었다라고 이야기를 합니다 또한 허위 선전이 되기를 대량 무기가이들의 학생들의 아지트에 발견되었다 물론 거짓이죠 그렇게 보도가 되면서이이 사건은 겉잡을 수 없이 커졌다고 합니다 그러면서 아주 그 10대의어린 나이의 어 흑남 노무자 수용소로 보내지게 되는 이야기를 하시게 됩니다그리고 이제 거기에서 참 아버님을 만나시게 되셨죠 이번에 제가이 책을 읽으면서조금 흥남 공업단지 흥남 감옥 어 그것이 대체 무엇인가 리서치를 조금하게 되었는데요 사실 저희가 지금 생각하면 어 대한민국은 어 나만은지금 훨씬 더 잘 살지 않습니까 경제적으로도 세계 시비에 드는 그런 나라지요 그래서 북한하고 사실은비교가 할 수 없지요 그런데 1950년대 하더라도 북한은 남한보다훨씬 더 잘 살았다는 것을 여러분들 아십니까 왜냐면은 일본이 중국 대륙침략을 목표로 해서 북한의 여러 공업 단지들을 조성을 했었기 때문입니다그래서 북한은 공업으로 유명했고 남아는 여러 가지 투자가 되어 있었지 않았기 때문에 농업을 주로 하고있었습니다 그렇기 때문에 북한은 굉장히 남한보다 잘 살았죠 19 1950년도에 북한은 전 세계질소량을 10% 그때 담당했었다 합니다 흥남 비료공장 즉 아버님께서바로 여기에서 노역을 하셨는데요 어 바다 부두 바로 옆에 위치하고 있고일본 식민지 당시의 공업단지로 만들어졌던 흥남 공업 단지는 그일대의 다섯 개의 대규모의 공장들이 어 밀집되어 있었습니다 그리고 그공업 단지를 어 이제 일본이 나갔지요 이제 일제 치하가 끝나면서 나가면서그 공업 단지를 이제 북한 김일성 정부가 압수한 것입니다 그리고 어떻게이 공업단지를 계속 돌릴 수있을까 생각한 것이 바로 이런 무고한 사람들을 정치범이라고잡아와서 여기에서 어 죽어 나갈 때까지 노역을 시킨 것입니다 그리고아버님께서는이 소 비료공장에서 어 북한 김일성 정부 치하에서 이렇게노역을 하시게 된 것입니다 어 그러면은 한번 흑남 감옥의 경험에대해서도 읽어 보도록 하겠습니다 페이지는 72페이지 있니다 흑남 비료공장에 처음 김인호 할아버지가 오셨을 때 이야기입니다 긴 여행 탓인지심난한 마음에도 불구하고 잠이 들었던 모양이다 갑자기 사이렌 소리가올리면서 간수들이 기상을 외치고 다녔다 일어나기 동무들 일어나기 새벽6시가 못된 시간이었다 2사 5방 이상 없나 곧이어 딸각거리는 소리가들리며 배식이 시작됐다 식사라 장기판 초나라에 한나라 만한 틀에 멀건시레기 소금국 1분이면 다 먹고 많은 식사 시간 30분 식사 시간이 끝나니이번엔 집합을 하란다 달래달래 모여드니 전날 보았던 얼굴들이히죽히죽 웃으며 아침이 인사를 나눈다 밤새에 별일 없었느냐는 인사도 잠시흑남 특별 노무자 수용소를 만든 목적은 노동력 부족으로 허덕이는 흑남비료 공장에 노동력을 충당함과 친절한 안내가 끝나자 작업조편성하였다 설치고 다니는 무장 간수와 이리저리 밀려 다니는 죄수들과 씨름이끝나자 고정 작업조 만들어졌다 명이 한조가 되었는데 묘하게 간수들이임명한 조장들은 모두가 잡범이 있다 열조의 작업 조가 한 반이 되며 한명의 반장이 작업반을 지휘하게 되었는데 작업 반장은 잡범 중에서도강도 살인 강간 등의 흉악범 들이었다 총검으로 무장한 경비와 간수들의감시를 받으며 6km 정도 떨어진 흥남 비료 공장에 걸어서 출력을나갔다 어 그래서 이분은이 다섯 개의 흥남에서 만들어진이 단지에서 처음에는어 봉궁 특별 노무자 수용소에 이제 감금이 되셨다가 나중에 흥남 노무자수용소로 옮겨지다 아버님도 사실 처음에 흑남 노무자 수용소로 곧바로가신 것이 아니라요이 다섯 개의 공업 단지 쪽에서 이렇게 조금씩 옮겨 다니시는 그런 모습도 볼 수 있습니다6km 정도 떨어진 곳에 있었다고 하시죠 어 그래서 흑남 비료 공장에 이제 들어서게 됩니다 말로만 듣던흑남 비료 공장의 규모는 실로 엄청 나리만큼 대단했다 얽히고 설켜 있는기차 철도와 운반용 밀차이 분주하게 움직이고 있었고 실세 없이 검은연기를 뿜어대는 굴뚝을 보니 정신이 다 혼란하다 첫날 우리들이 한 작업은비료를 가만히에 퍼담는 포장을 하는 것이었는데 한 작업 조에 명이 비료가만이 700개를 묻고 나서야 작업이 끝나는 것이었다 다시 걸어서 수소로돌아오려니 어느덧 하늘엔 성급하게 나온 별들만이 깜빡였다 수용소로돌아온 우리들은 인원 점검을 받고 일렬로 서서 간수들의 친절한 안마를받으며 한 명씩 통과했다 작업장에서 유리조각 담배꽁초 노은 성냥 등의범칙 숨겨 가지고 오는 것을 색출하기 위한 안마 있다 차례로 얼굴을 물칠한 번씩 하고 입방 하니 곧 저녁 식사 굶주린 창자를 달래가면서 한귀퉁이에 소금물 한 모금씩 아무리 천천히 씹어 삼켜도 분 이채 되지않는다 손끝이 싸하게 쓰려서 희미한 불빛에 살펴보니 손끝에 허물이 다벗겨졌다 거친 가마니와 독한 비료에 쓸려서 너나 할 것 없이 전부 그랬다어 참 아버님께서도 흑남 감옥을 상하시지 비료가 너무 독해서 옷들이다 쓰러져서 오래 입을 수 없고 살것들이 다 벗겨졌다는 그런 이야기를 종종 하셨는데요 어 김인호 할아버지도똑같은 이야기를 하시고 계십니다 어 7시 30분 쯤 되자 독보회 아는구령이 떨어졌다 무슨 일인가 했더니 간수가 각방마다 노동 신문을 한 부씩넣어 준다 글 읽을 줄을 아는 사람이 대표로 방 식구들에게 독보 해주라는것이었다 로동 식문 사설 란을 다 경청하고 나니 곧이어 토론회를 하란다뭘 토론하라 것인가 하고 멍청이들 있으려니 오늘의 작업에 대한 비판감옥에 들어오게 대한 죄과에 대한 비판 자아 비판이 그런 것이다그러니까 이것은 보통 이제 공산당들이 다 하는 거죠 문화 혁명이 중국에서 이루어졌을 때도 이제 자기 비판을하는 토론이라는 것을 통해서 주일 사람들을 분류하고 정제하고 공개 심판공개 처형을 하는 것들을 볼 수 있는데요 바로요 그 부분으로 아마 독보회이 제수들 사이에서도 시켰던것으로 보입니다 졸리 없고 피곤하고 배고픈 것을 참고 견디고 나니 9시사이렌이 울린다 점검하는 구령과 함께 간수들이 기둥과 같은 통나무를 들고다니며 벽이며 바닥 등에 쿵쿵 올려보는 것이다 혹시 땅굴이나 벽을파지 않았는가 하는 점검이다이어서 저모를 한 후 취침커다란 담요 석장을 바닥에 깔고네 명의 머리를 반대로 두고 담유 한장을 덮고 자는 것이다 8월 말이었지만 간방 아은 스산하고 습기가축축하고 추웠으나 피곤에 지친 나머지 모두들 눕자마자 코를 곤다 그리고다시 아침이다 기상 사이렌이 울리고 부산한 발걸음 소리 전날에 중노동탓인지 모두들 기운 없이 비칠 거린다 아침밥은 더더욱 알량 보이고 그나마살겠다고 먹어야 하는 신세가 눈물나게 처량해 한동안 밥덩이 바라보지만 하눈수 없이 먹는다 딸려나온 시레기 국을 한 모금 마시니 바닷물에 끓여 있는지 소태같았다 국물 먹는 것을 포기하고 건데기가 건져 먹을 유량으로 숟가락질을 하니 국담 씻기에 바닥에뭔가가 긁혔다 국그릇을 들고 살펴보니 국그릇 밑에는 돌멩이들이 죽 가라앉아있었다 참 이것이 사람을 먹으라고 주는 음식이란 말인가 젓가락으로시레기를 건져보니 썩은 이파리에 건 같은 것들이 그대로 붙어 있었다차라리 국 대신 먹을 물을 한 그릇씩 더 주었으면 하는 마음이간절했다 집합 마당으로 주르르 나가는 수인들의 발걸음이 전날에 비해서 훨씬힘이 없어 보이는 것은 내 자신의 마음 타던가 픈 환자는 열 앞으로 나서라는소장의 지시에 거의 반수 이상이 열 앞으로 나간다 그러자 교독 간수들은커다란 몽둥이를 질질 끌고 다니며 증세를 물었다 전 워낙 허리가 아파서 일을못합니다 늘수 그래래 한 노인이 대답하자 동무들 아이되겠음 간수들은 모두 함경도 출신이었다 그렇게 말하며 사정도 없이몽둥이를 노인의 허리체인 노인이 쿵하고 낮아 빠지자동물들이 정도 대하 환자 자격이 있다 환자 동물에 있으면 나와 보기요환자를 자청했던 수인들은 이미 열 속으로 슬금슬금 숨어들었다 열을 지어서 비료 공장까지걸어가는 동안 벌써 뱃속에선 꼬르륵 거리며 창자가 비었다고 아우성을 친다공장에 도착하니 하루 작업량에 할당을 해 는데 실로 엄청난 양이다 1조열명의 비료 1300 가마니를 묶어 내야만 한다는 것이며 작업 시간 내에작업량이 미달될 때는 완수될 때까지 작업을 시킴과 동시에 전역을 굶긴다것이었다 그래서 첫날 왔을 때는 700 가마니를 하라고 했는데 다음날부터 이렇게 두 배로 뛰게 한것입니다 일반 노동자들은 정해진 임금을 받으며 열명이 700 가만이만 묶어내 되는데 허기지고 병약한 제수들 두 배에 달하는 작업양을당했다 이날부터 못 견디고 죽으려면 죽어라는 식에 비참한 강제노동은시작되었고 끝도 없이 이어졌다 짐승도 배불리 먹어야 주인을위해 하거늘 아무리 죄인이라 하여도 단 한끼 배불리 먹여본 적이 없이이런 노동을 시키는 저들의 장은 죽으려면 죽고는 까지 죽도록 일이나하다 죽어라라는 것이었다 이때 흑남 감옥의 상태를 나중에 이야기하는 것을들으면 1년에 1500명이 흑남 노무자 수용소에 끌려 왔는데요 40%죽어 나가는 생 지옥이었다 기록되어 있습니다 인간이 얼마나 조금 먹고극한 중노동을 견딜 수 있는지 김일성 대학에서 흑남 노무자 수용소를실험으로 썼다는 그런 이야기도 있었습니다 작업 내용을 보면 두 명이 곡괭이로딱딱하게 굳은 비료 더미를 파내고 두 명이 가마니를 벌리고 두 삽씩네 삽을퍼놓고 앉은뱅이 저울로 끌고가 40km임을 확인하고 4에서 5m전방으로 끌어다 놓는다 그러면 기다리던 다른 두 명이 가마니를새끼줄로 쳐서 묶어내 또 다른 두 명이 묶어낸 비료 가마니를 해지고 반밀차 1명 도로에 쌓고 두 명은 도로를 밀어서 비력 가마니를 창고에가지고가 쌓는 작업을 한다 그러면 도압 명의 인원이 되어 한 조가작업을 하는 것으로 점심 시간 30분을 제외하고는 실세 없이 움직여비료 1300 가마니를 만들어내는 것이다 한 시간마다 10분씩 휴식시간이 있기는 해도 휴식을 취할 수 없는 것은 일을 해도 연장 작업을 해야 목표량을겨우 달성할 수 있기 때문이다 그러니 매일 9시간 내지 10시간을 쉬지않고 작업을 해야만 했다 감옥에서 샘을 해볼 시간이 없어 몰랐으나 후일계산을 해보니 평균 1분의 두 가마니를 생산할 셈이었다 그러니까30초에 한 가마니씩 해 냈어야 됐던 것이죠 아버님께서 흑남 감옥에서 이제질소 비료를 름 일을 하셨다라고 저도 어렸을 때부터 익히 들었지만 이렇게자세하게 아버님께서 어떤 일을 해 내셔야 했었는지 30초마다 40km달하는 질소 비류를 만들어내는 일을 2년 반 동안이나 하셨던 것이었구나아는 것을 알 수 있었습니다 그렇게 해서 다시 간방에 들어가면 오라게아는 것을 한다고 합니다 공산당 간수들을 위한 광대 놀음을 하라는 것이죠 오라해 끝나면 배가 도로고프다 1300 가마니를 생산해 낼 때까지 작업을 해야 하는 깜깜한절망만이 남아 있었다 극도의 영양실조와 극심한 노동으로 인하여모두들 비리비리하게 말라만 갔고 한 달이 지나자 노약자들이 이틀에 한 명꼴로 죽어 나가는 참상이 생겨났다 그런 다음에 이제 감옥에서의 일들을이야기하고 있습니다 감옥 감심 일정이라는 챕터인요 아까 처음에 보시면 죄수 수감자들 그리는 좀처음에는 이제 훈훈한 그러한 기운이 있지 않았습니까 그렇지만 간방 내에서도 이제 감시 밀정을 하는그러한 내용이 다음 과에 나옵니다 처음 수감이 되었을 때는 다소간의인정미가 있었으나 처참한 생활이 계속되자 수감자들 간에서는 흉흉한분위기가 생기고 말았다 시일이 지나자 가끔씩 불리어 나가 문초를 받고독방에 갇혔다 나오는 동료들이 있었는데 이들의 말에 의하면 누군가사사건 간 내의 일을 교가에 알려주고 있다는 것이었다 자연 피차 간의 대화도 끊게되고 누가 밀정 있가 살피느라 서로 감시하게 되었다 그러나 개중에는 배장좋은 사람도 덜어 있어서 공연하게 밀정을 하는 사람을 욕하는 사람들도있었는데 다음날이면 영락없이 독방에 치는 신세가 되곤 했다 나중엔 죄질에따라서 이방을 시켰다 그러니까 아까 제가 읽어 드렸던 그 독방에 이제바치게 되는 거죠 심한 매질과 혹독한 대우를 받은 다음에 사채와 독방에집어넣는 것이죠 반동 사상범 두 명과 세 명의 잡범 20명씩 모아놓았는데이 잡범 중에 프락치 노릇을 하는 자가 각 방마다 세 명에서네명씩 있었던 것이다 그리고 그들은 적게는 밥 한 덩이를 더 얻어먹는것에서부터 크게는 자유롭게 차압을 받을 수 있거나 사면의 혜택을 받는것을 누린다 시일이 흐른 후에 아예 동무의 발언 내용을 교도가 보고하겠어요 이런 식으로 터놓고 거들먹 거리기지 하였으니 우리 반동 죄수들은이중의 옷고를때 수밖에 없었다 점심 시간에 오라게 때에나 간수들의 눈치를살피며 소금소금 몇 마디 주고나 받는 정도이니 어떤 때는 입에서 단내가나기도 했다 아버님께서도 흑남 감옥에 계실 때는 거의 말씀을 이제 안 하신 걸로 저희가 알고 있었는데 바로 이런이유들 때문에 아버님께서 그렇게 하신 것으로 보입니다 나와 한방에 있던 분 중에서는 목사인 김진수 씨와 사회혼란체 들어온 문선명 씨가 있다 이제 아버님 조남이 이제 드디어 나오기 시작합니다 두 사람은 각자 독실한신앙 체계를 가지고 있었고 범인으로 하기 힘든 절도 있는 생활과 모범적인인간상을 보여주고 있었다 당신 아이가 어렸던 내가 방 안에서 난장판속에서도 흔들리지 않고 이겨낼 수 있었던 것은 이런 분들의 모범과개도가 있었던 까닭이라는 생각이 든다 그러면서 먼저 이제 김진수목사님이라는 분을소개하십시오날까지 일제 때부터 독립운동을 하며 감옥에 드나들었으며 오늘날은 공산당을반대 하다 감옥살이를 하는 분이다 독립운동을 하다 일제 때 감옥살이를한 것이 12차례에 이르면 나중엔 경들의 분노가 하늘에 찔러 경찰견우리들의 세파트 그과 갇혀 개에 물어뜯기고 했는데 그래도 너희들이일본 개보다는 훨씬 낫구나 하며 잠자고 앉아 있었다는이라도 있었다시대가 바뀌어 공산당 정권을 집권했을 때에도 김목사는 조선기독교 협의의해장 을 지내던 중 집회 시의 신자들에게 불어난 방곤 사상을주입했다 죄로 수감이 되어 또다시 13번째 감옥살이를 하고 있는 중이었다 김목사는 전혀 자신에 대해서이야기를 하는 적이 없었으나 간방 안에서는 이미 다 알고 있는 사실이었다 그래서 이런 김목사님이라는 분도 계셨다고 합니다 어 또 자기가 아주 싫어하는 목사님이있었다라고 나쁜 목사님의 예도 하나 드시는 것이 나와서 그것도 한번읽어보도록 하겠습니다 한때 흑남 저녁에 말라리아가 성행했던 적이있었다 워낙 흑남 지역은 공장 폐수와 심한 대기 오염으로 늘 안개 같은매연이 생겨 있어서 각종 전염병 및 유행병이 창궐했다 말라리아가 성행했던때 너무 제수들이 많이 죽어 나가니까 키니네 아는 그런 말라리아 약이있었다고 합니다 그거를 이제 수용소 안으로 들여올 수 있도록 이렇게 했다고 하는데요 그래서이 김인호할아버지도 그 키니네 먹으면서 이제 점점 조금 차도가 있어지고 있었다고합니다 그리고 남은 것들은 소량이지만 같은 간방 죄수들에게 이렇게 나누어주는 온정도 펼쳤다고 하는데요 그런데 자기가 이런 행동을 하는 거를 보면서자기의 그런 행동을 콧방귀를 끼던 위인이 있었는데이 사람이 알고 보니더 목사라는 것이었다 나중에 이름을 쓰지 않은 이유가 나옵니다 피같은키니 를 왜 남들에게 나누어 주느냐고 나의 어리석음을 비웃었는데 목사라는사람 치고는 이상한 사람이라는 생각이 들었다 주변 사람들의 말로는 사회에서제법 존경받던 목사라 감옥에서 하는 행동을 보면 전혀 그렇지 못한위인이었다 김화 씨 김진수 목사의 영향을 지대하게 받고 있던 나는 목사라면 전부 성인에 가까운 줄 알고있었는데 W 목사의 행동은 납득하기가 어려웠다 그러나 곧 목사도 사람이나름 이라는 사실을 알게 됐다이 W 목사는 자신의 사회와 함께 재판을받고 사회의 혼란 이제로 복역하고 있었는데 며칠 후 내가 태원을 하려고할 무렵 W 목사의 사위 마저 말라리아에 전염이 되어 병사로돌아왔다 사위가 장인인 W 목사에게 아픈 몸에도 불구하고 밤가 웃게 무난은사를 들였지만 장인은 이렇다 저렇다 말도 없이 헛기침만 두어번 킁킁거리고 돌아 저녁 시간에도 식사 시간에도 돌아앉아차입해 온 미숫가루를 혼자 밥에 발라 먹으면서 사위는 전혀 아예본체만체 씨의 사위에게 차이이 전혀 없었는데 장인은 사위 걱정이나염려하는 빈말 한마디가 없었다 게다가 한 밤 중에 열이 오른 사위가 참다못해 장인에게 고통을 호소하며 키니를 조금 나누어 줄 것을 간청했으나회복기에 있었던 W 목사는 이런 지야 거절하는 것이었다 아무리 메마를 때로매마른 각박한 환경이라 하여도 남도 아닌 장인 사위 처지에 도저히 있을수 없는 일이라 하며 모두가 고개를 흔들며 W 목사를 죽은 나무귀신이라고 비웃게 되었다 즉 목사를 나무목 죽을 사로 비유해서 해석한것이었다 후에 우연히 들어보니이 W 목사는 남한으로 살아나온 후 큰교회를 운영하고 신자들로부터 존경을 받으며 명망을 떨치고 있었다고 한다글쎄 뭐라고 말하기 힘든 묘한 감정을 느끼기도 했다 그리고이 W 목사 다음에 이제이야기하시는 분이 참 아버님 문선명 선생님이십니다 어 그러니까 이분은10대 후반의 나이임에도 불구하고 사람들을 이렇게 관찰하고 평가하는 판단력이 있으셨던 것 같아요그러시면서 아버님에 대해서 어 쓰시고 계십니다 어 여러분들이 조금 들으셨던내용일 수도 있는데 재림 주님의 목격자의 입장에서이 글을 쓰셨다고 생각하니까 어이 글이 굉장히세삼스럽게 저에게 다른 어 느낌과 감동으로 다가왔습니다 그래서 여러분들과 함께 같이 한번 읽어보도록 하겠습니다 감옥안의 성자 문선명 선생 그렇게 어 그 챕터에제목이 되어 있습니다 또 한 사람 문선명 선생 역시 남다른 면이 많았다그는 항상 곧은 자세로 있었는데 누구라도 피곤해 지쳐 서로 기대고벽에 비스듬이 기대서 앉는게 보통인데 문선명 선생만 항상 정자를 하고 있어앉음과 잠자리에 누운 태도가 분명했다 그는 공산당 고수 간수들 아지도인정하는 모범수 있는데 그 이유는 한치의 범칙 용납하지 않았으며 그건전한 체격으로 잠시도 쉬지 않고 열심히 작업을 했기 때문입니다 내가조금이라도 더 열심히 작업하면 동료들이 그만큼 수고를 덜 것이 아니겠소 주위에서 몸을 아끼시고 말을낳으면 늘 이렇게 대답하며 일손을 놓지 않았다 문선명 선생의 죄명은사회 혼란체 있는데 당시 통로는 반동제어 같은 재질이었다 그러니까반동제어 사상을 이제 이야기했다 즉 공산당을 반대했다 김일성 정부체제하에서 그러니까 이제 반동 죄라고 이야기하는 것이었죠 그는 당시 여러교파로 나뉘어 우매한 백성들을 혼란을 빠뜨렸던 기독교를 정비하고 통일해야한다는 신념으로 진정한 믿음은 가정에서부터라는 처치 운동을전개하였다 그러니까 처치 운동이 1940년대부터 아버님께서이 말씀을설파하던 것이었네요 그리하여 꼭 교회를 나오지 않아도 늘 진실한마음으로 기도와 반성을 열심히 하면 구 독한 기독교 신자가 될 수 있다는것을 설파하였다 초창기에 그의 감동적이고 인간적인설교로 많은 신자들이 모이게 되자 당시의 기존 기독교 단체들로부터시기와 모략을 받게 되어 이단이라는 수모를 받았다 이런 기존 단체들의편견과 공산당의 종교 말살 정책이 야합 급기 아는 집회 도중에 연행되어사회질서 혼란 명목으로 3년의 징역을 언도 받게 되었다 조사를 해 보니까이때 기성교회 목사 지도자 80여명이 아버님을 공동 서명을 해서 기소를했고 아버님께서 식구님들과 같이 말씀을 나누는 자리에서 공산당을이용을 해서 기독교 지도자들이 아버님을 연행 시키게 된 것입니다 계속 이제 이야기하십니다 그는 말도없이 늘 조용한 낯빛으로 일관했는데 일하는 것만큼은 누구와 누구도 그의힘과 열성을 따르지 못했다 아버님은 이런 노동일을 비료 공장에서 하실 때이러한 태도로 대하셨습니다 것이 있어서 그것도 좀 가지고 와 봤는데요 참 아버님께서는 이때 흑남 감옥에서일을 하실 때 노동 시간은 기도 시간이다 정성 시간이다 이렇게 생각을하셨다고 합니다 그러면서 영적인 안테나를 높이고 하나님의 영계의 협조속에서 평양의 님들의 이름을 한 번씩 하나씩 부르시면서 그것을 하루에 세번씩 반복하셨다 합니다 그렇게 기도하는 마음으로 노동 시간을 대했다또한 인류 탕감의 기간을 구원을 위한 그런 시간이었다 그래서 꼭 하나님께불평하지 않는 것을 굉장히 중요하게 생각하셨다 이런 말씀들도 있었습니다그래서 한번 가져와 봤습니다 본문으로 들어가겠습니다 한 가지 궁금한 것이 있었다 그는 한 번도 목욕을 하지않았던 것이었다 비료 공장에서 일하고 나면 공장 녹수에 몸을 씻게 하는데문선명 선생은 매일 그냥 지나쳤다 하루 종일 눈코 쉴세 없이 일하다보면 비료 가루와 땀과 먼지가 뒤범벅이 되어 끈적거려서 목욕을 안하고는 견딜 수 없었기에 비록 깨끗하지 않은 반 폐수에 공장 용수에남아 목욕을 하였다 후에이 궁금증이 풀렸는데 하루는 용변이 생각나서평소보다 두어시간 가량 일찍 일어났다 아직 날이 밝지 않아 간방 하는암흑이었다 어둠의 눈을 익힐 양으로 가만히 앉아 있으려니 한쪽 구석에어둠을 쓰고 앉아 있는 문 선생의 모습이 보였다 김구인가 일찍일어났고요 기도를 했는지 감고 있던 눈을 뜨며 말을 건네왔다 매일 이렇게일찍 일어나시는 보군요 고단하지 않으세요 괜찮소 일찍 일어나는게 몸에베어 더 자려면 온몸이 근질거려 용변을 마치고 돌아오니 문선생은 우통벗고 수건에 물을 묻혀서 냉수욕을 한다 문선생님 춥지 않으십니까감기라도 공장에서 목욕을 안 하는데 이렇게라도 닦아내야 견뎌내지 알고 보니 그는 공장 반패수의 물엔 아예 목욕을 하지 않고 먹는 물을 아껴서 수건에 묻다가새벽마다 온몸을 씻어내는 것이었다 그니까 아버님께서는 하나님을 담는성체라고 생각하시면서 자신의 몸을 항상 여미고 다니셨다 이런 말씀도있지요 그리고 자신의 알몸을 보이시는 것을 좋아하시지 않으셨고 하나님의 몸처럼 닦아내시면 훈련도 하셨다라고하셨는데 바로 그런 부분이 여기에 담겨 있는 거 같습니다 어 계속 본문으로 읽도록 하겠습니다 일어나서기도를 마친 후 냉수욕을 하고 또다시 기도를 한 후 식사를 하고 작업에나가니 그의 강인한 체력과 정신력은 대단한 것이 아닐 수 없었다 죽음에가까운 환경에서 자신의 체력 관리를 꾸준히 함도 예사로운 일이 아니지만자신의 종교 의식을 지켜 나가기 위해서 금쪽가 같은 수면 시간을 두시간씩 매일 할해 한다는 것은 신기하게까지 했다 그러면서 또 하나신기한 일을 이야기하고 있습니다 한 가지 신기한 일이 있었는데이 소문은수용소 안에 널리 퍼져 있어서 모르는이가 없었다 소문 에 의하면문선명 선생에게는 신통술이 있다는 것이다 공산당 골수 분자인 간수들은반동 범이나 사회질서 혼란 범들 게는 이유하 것 없이 가혹하게 굴었는데유독 문선명 선생에게 그렇지 않았다 워낙 작업에 열심히 임하고 범칙 전혀하지 않기 때문일 거라고 생각하고 말았는데 또 다른 이유가 있었다는 소문이다 문선명 선생에게는 신통술이있어서 간수들이 감히 학대를 못한다는 것이었다 어떤 간수가 이유 없이문선명 선생을 확대하면 그날 밤 간수의 꿈에 산신령 같은 노인이나타나 간수에게 타 이른다는 것이었다 그러고 나서도 또 문선명 선생님을괴롭히면 다시 꿈의 노인이 나타나 간수에게 처벌을 준다는 것이었다그리하여 어떤 악질 간수도 문선명 선생을 괴롭히지 못한다는 것인데 더욱신기한 것은이 사실을 문선명 선생 자신이 미리 알고 전날 자신을 괴롭힌간수에게 간밤의 꿈 이야기를 자신이 꾼 것처럼 소상히 물어보면서확인한다는 것이었다 진짜 신통한 일이었으나 문선명 선생은 이렇다저렇다 소문에 관해서 언급하지 않았다 어쨌든 처음 이곳에 와서 문선명선생을 괴롭히던 관수도 몇 칠 후에는 태도가 돌변하는 것으로 보아서 전혀사실 무근한 소문이라고만은 할 수 없는 것 같아서 적어 보았다 나는예나 지금이나 기독교도 통일 교인도 아니기 때문에 스스럼 없이 이야기할수 있는데 흑남 감옥에 선구적이고 변함 없는 언행과 인격은 두고두고있기가 어려웠다 대왕 님께서 아버님께서 흑남 감옥에서 비행기 고문을 당하시고 한 번 돌아가시고 두번 돌아가시고 또 세 번째에는 공산당 간수의 서 사실은 나도기독교인이었다 어려워서 나도 그냥 공산당이 된 것이지 나도 하나님을믿는 사람이었다 나도 하나님을 믿고 싶다 이런 간증의 고백을 이제 받아냈다는 말씀이 있지 않습니까 어저는이 부분을 읽으면서 그런 간증과 아버님의 신앙 이런 영적 역사들이바로 아버님을 보호하시고 또 하나님이 함께 하시는 모습이 아니었나라는 그런증거가 아니었나라는 생각을 하게 되었 습니다 그래서 여러분들과 아 정말 꼭 나누면 좋겠다 저희들의 입이 아닌어떻게 생각하면 중립적인 재림 주님의 목격 자이신 김인호 할아버지를 통해서이런 자료들이 저희에게 남아 있다는 것은 너무나 귀한 일이라고 생각이듭니다 아 그럼 계속 한번 읽어 볼까요 아버님과 관련된 부분이어서 참 한 가지 문선생과 재미있는 추억이있다 당시의 수용소에서는 먹을 것없이 터 없이 부족해서 차입 음식을 옆동료들에게 나누어 준다는 것은 상당히 어려운 상황이었다 그런데도 문선생은자기가 먹어야 할 식사를 나누어서 허기저 못참아 하는 옆 동료들에게나누어 주곤 하는 것이었다이 부분도 저희가 아버님께 들었지요 아버님께서처음에는 이제 세 번을 먹었지만 나중에는 두끼를 새끼라고 생각하고드시고 한끼는 사람들에게 나누어 주는 훈련을 하셨다 이런 이야기를저희가들은 적이 있습니다이 김인호 할아버지 께서이 부분을 증거하시고 계신 것입니다 그런데 한번은 내가모친으로부터 차입 받은 미숫가루를 옆 동료들에게 나누어준 일이 있었다 그때문 선생도 아버님도 아마 받으셨던 모양이죠 그때 문선생은 다음 사회에나가면 미숫가루 한 사발에 돼지 한 마리로 환원해서 갚아 주겠노라고말했던 것이었다 줄잡아 계산해 봐도 못 받아도 황소 100마리 이상은받아야 문선생은 오늘날까지 돼지고기 한금 갚지 않았으니 약속을 이행하지않았다는 여담이다 얼핏 무슨 소리인지 이해가 안 갈지 모르는 독자들을 위해부원을 하자면 당시 수용소에서는 먹을 것에 줄여가며 중노동에 시달리던죄수들이 제수들간에 유행하던 말이 있었는데 그게 바로 수용소의 실상을대표한 단편적인 풍자로 감옥 안에서 얻어먹은 콩 하나가 사회에서는 돼지한 마리에 버금 간다는 이야기였다 어이 책이 1985년도 이제 남한에서이분이 이제 나만으로 비난하시는 쓰셨는데요 아 그때 아버님을 찾아오셨다면 어 틀림없이 아버님께서어 황소 열 마리라도 100마리 어 받아야 되는데 이렇게 얘기하셨는데 어 황소 100마리 이상 확실하게 주셨을것 같은데 어네 어떻게 엇갈리게 되었는지는 잘 모르겠지만 지금 이제 연계에서 아버님을 만나셨으면아버님께서 황소 100마리 이상을 틀림없이 주셨을 거라고 이렇게 생각이듭니다 이제 아버님에 대한 이야기를 이것으로 마치고 계십니다 문 선생과는 흥남에서 헤어진 후 오랫동안 소식을몰랐으나 나나 그나 그 생지옥에서 살아 나왔다는 것이 얼마나 큰축복인지 모른다이 이유로요 어 김인호 선생님은 이제 6km 떨어진 흑남봉근 감옥으로 이제 이송되게 되시면서 이제 아버님과의 인연을 이제 끝나게되십니다 저희가 이렇게 쭉 한번 서울로 오는 길이 책에서 나오는 아버님의 부분을 읽어 보았습니다그리고이 책에서 조금 뒷 부분에서요 흑남 감옥에서 이제 탈출하시길 되고아버님과 이제 마지막 만나는 부분이 이제 나오게 됩니다 그 부분은 어짧지만 한번 읽어 보도록 하겠습니다 흑남 감옥에서 막 이렇게 폭격이이루어지지 않습니까 그 폭격이 이루어졌을 때 어 저희가 익히 이제 아버님의 자서전으로 알고 있는 이야기아버님께서 내 주변으로 다 모여라 아버님 주변에 모였던이 수감자들은폭탄을 맞지 않고 살아 남게 되고 폭격이 이루어질 때 어 간수들이이제수들 어이 수감자들을 다 대량 학살하는 내용들이 나옵니다 오늘 그부분은이 책에 담겨진 내용들은 읽지는 않겠지만 여러분들이 꼭이 책을 통해서한번 읽어 보셨으면 하는 어 그런 부분입니다 계속해서 이제 읽어 보도록하겠습니다 아버님께서 남 노무자 수용소를 탈출하시면 그런 부분입니다이 책에서는139페이지 나오는 부분입니다 이들 자치대 말에 의하면 흥남 수용소와봉공 수용소에서는 한날 1시에 제수들 학살이 있었고 모든 행동이 같이 하고있었음을 알게 되었다 흑남 수용소에서도 제수들이 새벽에 끌러나오는 것을 발견하고 본궁으로 연락을 했다는 것이다 그러니까 아까 제가말씀드린 대로 이제 폭격이 시작되면서 유엔군의 북쪽으로 다시 진격이시작되면서 이제 흑남 감옥에 있던 제수들 다 이제대 학살하는 것이었죠그리고 그것을 아버님께서 살아남으신 겁니다 그렇기 때문에 어 아버님께서는이 625 어 한국 전쟁을바로 성전이다 하나님의 아버님 구출 작전이었다 고까지 말씀을 하시는것이었습니다 만약에 그때 유엔군의 폭격이 시작되지 않았으 면 아버님은그날 다른 그때 학살되었다 어 많은 그 수감자들 럼 이제 학살이 될 수도있었던 것이었죠 그리고 마지막 순간은 이렇게 이야기하고 있습니다 아버님을 정말 마지막 마지막으로 보셨던순간인데요이 책의 페이지 140페이지 있니다 가수원에 가수들을 한참바라보고 있는데 입구에서 많은 사람들이 걸어 들어오고 있다 흑남 수용소의 동무 들이었다 제가말씀드렸듯이 이분은 이제 6km 떨어진 봉구 수소로 이제 이송이되셨습니다 모두 얼싸안고 눈물을 흘리며 생존의 기쁨을 나누었다문선명씨의 모습도 보였다 아버님의 조남이 한 번 더 나오네요 흥분과기쁨에서 정신을 차린 우리는 누군가 선창을 따라서 만세삼창을 한 후 먼저죽은 님들의 원통한을 달래주는 마음으로 일동이 묵념을 하였다 이렇게돼 있습니다 저는 여기에서 누군가 선 에 따라서 만세 삼창을 했다 이렇게나오지 않습니까 저는이 부분을 보면서 어이 만세삼창을 먼저 선창하는 분이아버님이 아니셨을까 항상 아버님께서 기쁜 일이 있으시거나 아니면 교회의식 축제할 때마다 아버님께서 이렇게 만세삼창을 하시는데 그 만세삼창이기쁨이 바로 어디에서 나오는 것인가 생각해 봤더니 아버님께서이 흑남 감옥을 하나님께서 탈출시켜 주셨을 때해방 석방시켜 주셨을 때 그때의 기쁨 을 아버님께서 담으셔서 항상 어만세삼창을 하셨던 것이었구나 그것이 바로 전통의 기원이었다 생각을 어하게 되었습니다 이제 그럼 결론으로 한번 여러분들과 이야기해 보고싶은데요 1985년도에 나왔던 김인호 애국 지사님의 서울로 오는 길 정말 여러가지 이야기들을 제가 오늘 나누지 못했지만 많이 담고 있습니다 어한국은 일본의 식민지 국에서 독립이 되었어도 다시 어 북한을 소련과중국의 강대국들이 다시 점령하기 시작했고 독립이 된 5년 후에는 한국전쟁 즉 625 동란이 발발했습니다 저도 사실은 책으로만 이제 한국 전쟁625 전쟁을 대했기 때문에 625 전쟁이라고 말을 하고 사진으로 뭐 피난 뭐 이런 것들을 보긴 했지만그래도 그것들이 이렇게 생생하게 사실은 다가오지 않았습니다 625는 민족 상자의 비극이다 6.25로 몇명이 죽었다 이런 것들은 들었지만이 책을 읽기 전까지는 얼마나 비참하게625가 이루어졌고 그리고 강대국들 사이에서이 한국이 겪어야 했던 그모습은 바로 참 아버님께서 제림 메시아로서이 땅에 오시고 겪으셔서 그탕감 노정의 매크로의 부분이 아니었나 그런 생각도 해 보게 되었습니다그래서 어 초등학교 고학년의 자녀들이 있으시다면 아니면 중고등학교 학생들이10대의 자녀들이 있으시다면요 꼭이 책을 한번 어 서울로 오는 길을 한번읽어 보셨으면 좋겠다라는 생각을 했습니다 참 아버님의 20대의 삶과참 아버님의 20대의 인품이 어떠 하셨는지를 어 많이 궁금하실 텐데바로이 책이 아버님의 그러한 모습들을 여러분들에게 단면적으로 보여 줄 수있는 그런 좋은 소중한 자료가 된다고 생각합니다 그리고 우리의 천일 국가가어떠한 배경으로 쓰여졌는가라는 것을 정말 소상히 생생하게 저희들에게 알 수 있는 어그런 소중한 자료가 된다고 생각합니다 다시 한번 참 아버님의 흑남 감옥의어 그 옥고의 내용을 객관적으로 제 3자의 중립적인 재림 주님의 목격자의입장에서이 책을 집필해 주신고 김인호 애국 지사님께 다시 한번 감사의말씀을 드립니다 오늘 저희 재림 주님의 목격자 어 채널을 다시 한번함께해 주셔서 감사드리면서 9님 여러분 더 많은 우리 재림주 님의목격자들과 함께하도록 다음 시간에 뵙도록 하겠습니다 감사합니다

2024/12/19

장수남 청년목회자「왕님께서 트럼프대통령과 만났던 얘기」2024년12월15일

王님께서 트럼프大統領과 만났던 얘기
(15分)
https://youtu.be/0397FYlklX4


2024年12月15日

張秀男(장수남)靑年牧會者(청년목회자)

오늘 이 자리에 모여주셔서 진심으로 감사드립니다. 그 王님께서 트럼프大統領과 만났던 얘기를 좀 하고 싶은데요. 

王님께서 마라라고에 간 적은 여러 번 있었습니다. 물론 겨우 몇백명 몇천명밖에 되지 않는 저희들을 부르는 것 자체도 기적이지만 그래도 그냥 마라라고 가서 초청받고 이번에 王님께서 공연을 한 것은 정말로 놀라운 일이 아닐 수 없다는 것을 말씀드리고 싶어요. 

세상에서 저희들이 大統領을 뽑는다 하더라도 그 大統領은 하늘과 연결돼야 돼요. 예를 들어서 옛날 로마 帝國(제국)에서도 로마 皇帝(황제)가 뽑혔어도 天主敎(천주교)에서 어떻게 말하는지 까먹었네요. 그 天主敎(천주교)에 최고위 목사한테서 이런 任命式(임명식)祈禱(기도) 같은 것을 받아야 돼요. 그런 걸 받아야지만이 하늘과 연결돼 가지고 하늘의 役事(역사)를 받을 수 있는 건데 이번에도 똑같아요.  

트럼프大統領이 橫的(횡적)으로 인간들의 나라의 그 법적으로 大統領으로 당선됐다 하더라도 하늘에서는 그것을 인정할 수가 없어요.  

그렇기 때문에 어떻게든 二代王님께서는 그 트럼프大統領과 만나야 했었어요. 어떻게든 만나 가지고 기도를 했어야 되는데 그런데 참 놀랍게도 아버님께서 이 랩 공연 이 랩 뮤직 이 랩 노래를 통해서 트럼프大統領이가 만남을 성사할 수 있게 해주는 정말로 놀라운 역사를 행하셨습니다. 

2年前만 했어도 2022年에  王님께서 처음 이 음악을 시작했던 걸 기억해요. 그때 군대 있어 가지고 처음 랩을 접하게 돼서 많이 신선했었는데 많은 분들은 그거에 대해서 좋아하시는 분들도 계시고 또 그것에 대해서 좋지 않게 생각하시는 분들도 계시고 王님 본인은 그거에 대해서 많이 어려워 하시더라고요.

 「크라운」이라는 그 번역하자면 「왕관을 받다」. 「왕관을 받다」 이런 제목의 노래가 있는데 거기서 王님의 心情(심정)을 다 고백하세요. 王님께서는 이제 나이 40세가 돼 가지고 랩 뮤직을 하는 이 모습이 얼마나 우스꽝스럽냐. 나보다 잘하는 사람들이 얼마나 많은데 나  이 나이 다 돼 가지고 랩 하는 이 모습이 세간에는 어떻게 보일까? 이러한 그 心情(심정)을 王님께서는 그 歌詞(가사)에 담아요. 

또 王님께서는 銃알 王冠(왕관)을 쓰시죠. 銃알 王冠(왕관) 쓰실 때 王님께서는 銃알 王冠(왕관)을 쓰는 것이 좋다고 쓰시는게 아니고 王님께서 이렇게 표현하세요. 자기 얼굴에 똥칠을 하는 거라고. 그 총알 王冠(왕관)을 써가지고 사람들 앞에 나오는 것이 王님 본인에게 얼굴에 똥칠을 하는 거였어요. 정말 자기는 자신은 그것을 하기 싫음만큼 했는데도 그런데도 아버님의 그 명령 앞에 絶對信仰(절대신앙) 絶對(절대)사랑 絶對服從(절대복종)하셨어요. 그렇기 때문에 王님께서는 이러한 世界的(세계적)인 國際的(국제적)인 관심을 받을 수 있게 됐죠. 

이제 매년마다 영국의 제일 높은 보도사 BBC, 이제 BBC 자체는 아니지만 BBC의 하위 그 보도사가 王님을 방문해 가지고 그 다큐멘터리를 만들어요. 또 미국 내에서도 방송사를 보내 가지고 또 그렇게 다큐멘터리를 만들어요. 이러한 만남이 있을 수 있기 위해서는 정말 큰 돈을 들여야 되는데 王님께서 돈 한 푼 안 들이고 공짜로 이러한 것을 다 받아요. 

물론 보도할 때는 十中八九(십중팔구) 안 좋은 쪽으로 보도를 하지만은 그런데도 그 중에서도 저희들을 公平(공평)하게 좋게 방송하는데도 있잖아요. 

그런데 우리가 이런 세계적인 관심을 받는 이유는 王님께서 아버님 앞에 順從(순종)했기 때문이에요. 責任(책임)을 다하기 때문이에요. 

저희들이 총알 王冠(왕관)을 볼 때는 잘 이해할 수 없어서도 이 글로벌리스트 이 사탄주의 놈들은 이 銃알 王冠(왕관)을 보면 다 이해를 해요. 왜냐하면 이 사람들은 힘은 우리 말에서 나오는 것이 아니고 가장 중요한 것은 총알의 銃口(총구)해서 나온다. 마오쩌둥이 제일 유명한 말을 줬는데 권력은 銃口(총구)에서 나온다 이런 말을 들었어요. 그만큼 이들이 王님을 무서워하고 王님의 총알 王冠(왕관)이 어떤 것을 象徵(상징)하는지 天一國(천일국)의 그 銃器(총기)가 중요한 것을 이해했기 때문에 이 鐵杖王國(철장왕국)이 얼마나 위협적인지 이해하기 때문에 이들은 王님에게 갈 수밖에 없어요. 

또 그들은 메시아가 누군지 알아요. 메시아의 眞正(진정)한 後繼者(후계자)가 누군지 알기 때문에 저 가정연합에 가는 것이 아니고 顯進(현진)님 쪽으로 가는 것도 아니고 王님에게 올 수밖에 없어요. 

자 다시 한번 말하지만 저희들이 이러한 관심과 이러한 役事(역사)를 받을 수 있는 이유는 二代王(이대왕)님께서 자기 얼굴에 똥칠을 하는 그런 기분 속에서도 아버지한테 絶對服從(절대복종) 하셨기 때문에 責任分擔(책임분담)을 다 하셨기 때문에 이러한 役事(역사)가 일어날 수 있는 것입니다. 

또 마찬가지로 王님께서 이 랩 뮤직을 시작하면서 얼마나 많은 비판을 받았겠어요. 가정연합인가? 그 顯進(현진)님 쪽인가? 그쪽에서는 왜 王님께서 이러한 노래를 하게 내두냐 하면서 왜 부끄러움이 되게 내 두냐 이렇게 말을 하기도 했는데 근데 王님께서 아버님 말씀 順從(순종)하시면서 나오니까 어떻게 됐어요? 10年 만에 딱 10年 만에 王님께서는 트럼프 大統領 앞에서 祝禱(축도)를 할 수 있을 만큼 나아갈 수 있었어요. 

이건 정말 말이 안 되는 거예요. 아무것도 없이 갔잖아요. 王님께서 아무것도 없이 美國(미국)에 갔는데 딱 10年 만에 트럼프大統領 만나 가지고 祝禱(축도)를 해주는 거예요. 이거는 정말 인간적으로 이해할 수도 없고 또 저희들이 이런 미래를 예측할 수도 없는 그런 내용을 아버님께서 다 하신 거예요. 

어떻게 아버님께서는 그것을 다 알고 다 이렇게 예측하시고 이렇게 명령하셨지만 또 二代王(이대왕)님께서 정말 이해할 수 없지만 그럼에도 아버님 앞에 順從(순종)하셨기 때문에 絶對服從(절대복종)하셨기 때문에 이런 만남에 성사될 수 있었다는 것을 여러분 이 시간 깨닫기를 간절히 바랍니다. 

이 大統領에 대한 축도가 얼마나 중요한지 저희들이 한번 깨달아야 할 것 같아요. 아버님께서는 이런 말씀을 하신 적이 있어요. 만약에 李承晩(이승만) 大統領이 한국 건국 이후에 처음 大統領이 돼 가지고 아버님과 만나서 祝禱(축도)를 받았더라면 이제 6.25 戰爭(전쟁)은 없을 것이다. 南韓(남한)과 北韓(북한)이 갈라질 일은 없을 것이다. 하고 아버님께서 말씀하세요. 아버님과 만나는 것, 하늘과 연결되는 것, 이것이 그렇게 중요해요. 

저희들이 왜 트럼프 마가 랠리 했을 때 네바다도 가고 펜실베니아도 가고 뉴욕도 가고 그렇게 다 했냐면은 王님께서 이렇게 말씀하세요. 저희 미크로의 중심이 영적인 보호를 받고 있어요. 저희들이 지금 하늘의 사랑을 받아 가지고 엄청난 영적인 보호권을 받고 있어요. 그런데 그 보호권을 저희들이 데려와서 이 마크로에 연결시키고자 트럼프大統領이 연결시키고자 저희들이 거기로 가는 것이었어요. 왜냐하면 지금 이것 연결이 안 됐으니까요. 

근데 이 연결 機運(기운)이 형성될 수 있도록 王님께서는 트럼프大統領에게 드디어 祝禱(축도)를 하신 거예요. 

만약에 이 祝禱(축도)가 이러지 않았더라면은 무슨 일이 있었을지 저는 상상도 하기 싫은데 근데 韓國(한국)에서는 그 祝禱(축도)가 이루어지지 않았기 때문에 南北韓(남북한)이 갈라지고 또 여러가지로 안 좋은 일이 있었는데 

이 트럼프 大統領이 취임 되기 전에 王님께서 승리적으로 트럼프大統領에게 하늘의 그 축도를 드렸다는 것은 정말로 놀라운 役事(역사)가 아닐 수 없다는 것을 여러분에게 말씀드립니다. 이건 진짜 저희들이 아버님께 感謝(감사)를 드려야 돼요. 그러니까 다 같이 아버님께 할레루야 한 번 외칩시다. 我主. 感謝합니다. 

그래서 저희들이 王님께서 祝禱(축도)한 내용을 한번 그 영상으로 봅시다. 

저는 軍隊(군대)에서 王님 랩 노래를 처음 들었는데 한 2年 만에 王님께서 아마존 차트 2위를 등극하시고, 또 트럼프大統領 앞에서 이렇게 랩 공연을 할 줄은 상상도 못했어요. 정말로 아버님의 놀라운 역사 아닐 수 없다는 것을 다시 한번 여러분들에게 말씀드립니다. 

아까 王님께서 트럼프大統領에게 그 祝禱(축도)하신 내용을 제가 부족하나마 이렇게 번역한 내용이에요. 보시면은 한번 읽을게요. 

이 영광을 하나님께 드립니다. 하나님 아버지 이 날을 祝福(축복)하소서. 

사탄과 魔鬼(마귀)들이 그의 生命(생명)을 앗으가려 합니다. 그는 無罪(무죄)한 자입니다. 그를 죽이려 했고 生命(생명)을 앗으려고 했습니다. 

그러나 버트라의 날에 能(능)하신 하나님의 손길로 그를 구원해 주셨습니다. 기적과 천사의 군대가 우리의 大統領을 두루 지켜주소서! 

그리스도여. 골리앗을 죽이기 위해 다윗과 같이 그에게 왕관을 씌워 주시옵소서. 

하나님이여! 앞서 가소서. 위험한 길을 가는 그의 발을 祝福(축복)하여 주소서! 

聖靈(성령)님이여! 이 자에게 기름을 부어주소서! 

이런 말씀을 二代王님께서 트럼프大統領에게 祝禱(축도)하셨어요. 祝禱(축도)하는 내용이 저희들이 이게 엄청 중요한게 야곱과 에서의 그 逸話(일화)를 저희들이 한번 다시 想起(상기)해야 돼요. 

에서가 왜 야곱을 죽이로 했는지. 에서가 왜 야곱을 그렇게 미워했는지. 그 이유는 야곱이 이삭의 長子(장자)의 축도를 받았기 때문에 에서가 그거에 대해서 화를 내지 않을 수가 없었어요. 그래가지고 그 하늘의 祝禱(축도), 하늘의 委任權(위임권)을 야곱이 뺏어갔기 때문에 에서가 야곱을 죽이려고 했던 거예요. 에서가 야곱을 미워했던 거예요. 

어쨌든 그 일을 생각하면서 저희들이 王님께서 어떤 心情(심정)으로 트럼프大統領에게 그러한 祝禱(축도)를 하셨는지 저희들이 한번 다시 깨달아날 것 같아요. 

王님께서 시작하실 때 아버님에게 感謝(감사)를 드리고 榮光(영광)을 드리고 또 버틀러의 그 집회에서 트럼프大統領을 救援(구원)해 주셨던 거에 대해서 感謝(감사)를 드리고 계세요. 

그 다음에 이제 모든 기적과 천사의 군대가 우리의 大統領을 지켜 주세요. 트럼프 大統領이 안위를 위해 기도하셨고, 

또 그다음에 사명을 위해 기도했어요. 골리앗을 죽이기 위해 다윗과 같이 그에게 왕관을 씌워 주어서 골리앗을 죽이기 위한 이 글로벌리스트 이 연방 시스템, 이 사탄주의자들의 이 내용을 죽이기 위해 한 인간이 그것을 어떻게 하겠어요? 정말로이 모든 악한 시스템 앞에는 한없이 작아져요. 한없이 작아지지만 다윗이 골리앗을 죽였던 것처럼 그런 하나님의 역사가 트럼프 大統領(대통령)에게도 일어날 수 있도록 王님께서는 그런 祝禱(축도)를 내려 주세요. 

그리고 하나님이여 앞서가서서 위험한 길을 가는 그의 발을 祝福(축복)하여 주소서. 

聖靈(성령)님이여, 이 者(자)에게 기름을 부어 주소서. 

기름을 붓는다는 내용이 참 중요해요 왜냐면 기름을 부음으로써 누가 王(왕)이 되는지 누가 大統領이 되는지 그것을 가리기 때문에 王(왕)님께서 祝禱(축도)를 통하면서 트럼프大統領이 기름을 부었다는 것이 참 중요합니다. 

그렇기 때문에 횡적으로 인간적인 법적인 大統領에서 하늘의 인정을 받는 하늘의 위임을 받는 그런 순간 이번 12月10日 마라라고 랩 공연 祝禱(축도)가 되겠습니다. 이러한 놀라운 役事(역사)를 하신 아버님께 저희들이 한 번 다시 感謝(감사)를 드립시다. 


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📝参考





共産黨員(공산당원)은 모두
「政權(정권)은 銃口(총구)에서 태어난다」는 
이 眞理(진리)를 理解(이해)해야 한다

 



2024/12/14

2024년12월12일 윤석열대통령 대국민담화

 2024年12月12日
尹錫悅大統領 大國民談話

非常戒嚴(비상계엄)에 關(관)한 立場(입장)
(韓國語4分)
https://youtu.be/bJfqWC-h0_Q


深刻(심각)한 일들이 많이 있습니다
(韓國語4分)
https://youtu.be/_g6FuJ9nEgs


尊敬(존경)하는 國民(국민)여러분, 저는 오늘, 非常戒嚴(비상계엄)에 關(관)한 立場(입장)을 밝히기 爲(위)해 이 자리에 섰습니다.

지금 野黨(야당)은 非常戒嚴(비상계엄) 宣布(선포)가 內亂罪(내란죄)에 該當(해당)한다며, 狂亂(광란)의 칼춤을 추고 있습니다.

정말 그렇습니까?

果然(과연) 只今(지금) 大韓民國(대한민국)에서 國政(국정) 마비와 國憲(국헌) 紊亂(문란)을 벌이고 있는 勢力(세력)이 누구입니까?

지난 2年半 동안 巨大(거대) 野黨(야당)은, 國民(국민)이 뽑은 大統領(대통령)을 認定(인정)하지 않고 끌어내리기 爲(위)해, 退陣(퇴진)과 彈劾(탄핵) 煽動(선동)을 멈추지 않았습니다.

大選(대선) 結果(결과)를 承服(승복)하지 않은 것입니다.

大選(대선) 以後(이후)부터 現在(현재)까지 무려 178回(회)에 達(달)하는 大統領(대통령) 退陣(퇴진), 彈劾(탄핵) 集會(집회)가 任期(임기)初(초)부터 열렸습니다.

大統領(대통령)의 國定(국정) 運營(운영)을 痲痺(마비)시키기 爲(위)해 우리 政府(정부) 出帆(출범) 以後(이후)부터 只今(지금)까지 數十名(수십명)의 政府(정부) 公職者(공직자) 彈劾(탄핵)을 推進(추진)했습니다.

彈劾(탄핵)된 公職者(공직자)들은 아무 잘못이 없어도 訴追(소추)부터 判決(판결) 宣告時(선고시)까지 長期間(장기간) 職務(직무)가 停止(정지)됩니다.

訴追(소추)
彈劾(탄핵)을 發議(발의)하여 罷免(파면)을 要求(요구)하는 일

彈劾(탄핵)이 發議(발의)되고 訴追(소추)가 이루어지기 前(전), 많은 公職者(공직자)들이 自進辭退(자진사퇴)하기도 하였습니다.

彈劾(탄핵) 濫發(남발)로 國政(국정)을 麻痺(마비)시켜 온 것입니다.

長官(장관), 放通委員長(방통방통위원장) 等(등)을 비롯하여 自身(자신)들의 非違(비위)를 調査(조사)한 監査院長(감사원장)과 檢事(검사)들을 彈劾(탄핵)하고, 判事(판사)들을 劫迫(겁박)하는 地境(지경)에 이르렀습니다.

自身(자신)들의 非違(비위)를 덮기 爲(위)한 防彈(방탄) 彈劾(탄핵)이고, 公職(공직) 紀綱(기강)과 法秩序(법질서)를 完全(완전)히 무너뜨리는 것입니다.

뿐만 아니라 違憲的(위헌적) 特檢(특검) 法案(법안)을 27番(이십칠번)이나 發議(발의)하면서 政治(정치) 煽動(선동) 攻勢(공세)를 加(가)해왔습니다.

及其也(급기야)는 犯罪者(범죄자)가 스스로 自己(자기)에게 免罪符(면죄부)를 주는 셀프 防彈(방탄) 立法(입법)까지 밀어붙이고 있습니다.

及其也(급기야)
끝에 가서 結局(결국)에
eventually

巨大(거대) 野黨(야당)이 支配(지배)하는 國會(국회)가 自由民主主義(자유민주주의)의 基盤(기반)이 아니라 自由民主主義(자유민주주의) 憲政(헌정) 秩序(질서)를 破壞(파괴)하는 怪物(괴물)이 된 것입니다.

이것이 國政痲痺(국정마비)요, 國家危機狀況(국가위기상황)이 아니면 무엇이란 말입니까?

이것뿐만이 아닙니다.

지금 巨大野黨(거대야당)은 國家安保(국가안보)와 社會安全(사회안전)까지 威脅(위협)하고 있습니다.

例(예)를 들어, 지난 6月 中國人(중국인) 3名이 드론을 띄워 釜山(부산)에 碇泊 中(정박중)이던 美國(미국) 航空母艦(항공모함)을 撮影(촬영)하다 摘發(적발)된 事件(사건)이 있었습니다.

이들의 스마트폰과 노트북에서는 最小(최소) 2年 以上(이상) 韓國(한국)의 軍事施設(군사시설)들을 撮影(촬영)한 寫眞(사진)들이 發見(발견)되었습니다.

지난달에는 40代(사십대) 中國人(중국인)이 드론으로 國情院(국정원)을 撮影(촬영)하다 붙잡혔습니다.

이 사람은 中國(중국)에서 入國(입국)하자마자 곧장 國情院(국정원)으로 가서 이 같은 일을 벌인 것으로 確認(확인)됐습니다.

하지만, 現行法律(현행법률)로는 外國人(외국인)의 間諜行爲(간첩행위)를 間諜罪(간첩죄)로 處罰(처벌)할 길이 없습니다. 

이러한 狀況(상황)을 막기 爲(위)해 刑法(형법)의 間諜罪(간첩죄) 條項(조항)을 修正(수정)하려 했지만, 巨大野黨(거대야당)이 頑强(완강)히 가로막고 있습니다.

지난 政權(정권) 當時(당시) 國情院(국정원)의 對共搜査權(대공수사권)을 剝奪(박탈)한 것도 모자라서, 國家保安法(국가보안법) 廢止(폐지)도 試圖(시도)하고 있습니다.

國家安保(국가안보)를 威脅(위협)하는 間諜(간첩)을 잡지 말라는 것 아닙니까?

北韓(북한)의 不法的(불법적)인 核武裝(핵무장)과 미사일 威脅(위협) 挑發(도발)에도, GPS 攪亂(교란)과 汚物(오물) 風船(풍선)에도, 民主勞總(민주노총) 間諜事件(간첩사건)에도, 巨大野黨(거대야당)은 이에 同調(동조)할 뿐 아니라, 오히려 北韓便(북한편)을 들면서 이에 對應(대응)하기 爲(위)해 孤軍奮鬪(고군분투)하는 政府(정부)를 흠집 내기만 했습니다. 北韓(북한)의 不法(불법) 核開發(핵개발)에 따른 UN 對北(대북) 制裁(제재)도 먼저 풀어야 한다고 主張(주장)합니다.

都大體(도대체) 어느 나라 政黨(정당)이고, 어느 나라 國會(국회)인지 알 수가 없습니다.



尊敬する国民の皆さま、

私は本日、非常戒厳に関する立場を明らかにするため、この場に立ちました。現在、野党は非常戒厳の発令が内乱罪に該当するとして、狂気じみた攻撃を繰り広げています。果たしてそれが本当なのでしょうか?
今、大韓民国で国政を麻痺させ、国家の憲政秩序を乱しているのは、果たして誰でしょうか?

この2年半もの間、巨大野党は国民が選んだ大統領を認めることなく、大統領を引きずり下ろすために退陣と弾劾を扇動し続けてきました。大統領選挙の結果を受け入れなかったのです。大統領選挙後から現在までに、実に178回にもわたる大統領退陣・弾劾集会が任期初期から行われました。大統領の国政運営を麻痺させるため、政府発足以降から現在に至るまで数十人の政府公職者に対して弾劾を推進してきました。

弾劾された公職者たちは何の過ちもなくとも、訴追から判決が下されるまでの間、長期間にわたり職務が停止されます。また、弾劾が発議され訴追される前に、多くの公職者が自主的に辞任する事態も起こりました。弾劾の濫用で国政を麻痺させてきたのです。

彼らは閣僚や放送通信委員長をはじめとして、自分たちの不正を調査した監査院長や検事を弾劾し、裁判官を威嚇する事態にまで至っています。これは自分たちの不正を覆い隠すための「防弾弾劾」であり、公職倫理と法秩序を完全に崩壊させるものです。さらに、違憲的な特別検察法案を27回も発議し、政治的な扇動攻勢を行ってきました。ついには犯罪者が自らに免罪符を与える「自己防弾立法」まで強行しています。
巨大野党が支配する国会は、自由民主主義の基盤ではなく、自由民主主義の憲政秩序を破壊する怪物と化してしまいました。これが国政の麻痺であり、国家の危機状況でないなら、一体何だというのでしょうか?

これだけではありません。現在、巨大野党は国家の安全保障と社会の安全まで脅かしています。たとえば、今年6月に中国人3人がドローンを飛ばして釜山に停泊中だったアメリカの空母を撮影しようとした事件が発覚しました。彼らのスマートフォンやノートパソコンには、少なくとも2年以上にわたり韓国の軍事施設を撮影した写真が保存されていました。

先月には、40代の中国人がドローンで国情院1を撮影しようとして捕まりました。この人物は中国から入国するとすぐに国情院へ向かい、このような行動を行ったことが確認されました。しかし、現行法では外国人のスパイ行為をスパイ罪として処罰する方法がありません。

このような事態を防ぐため、刑法のスパイ罪条項を改正しようとしましたが、巨大野党がこれを強硬に阻止しました。前政権時に国情院の対共捜査権を剥奪しただけでなく、国家保安法の廃止まで試みています。これは、国家の安全保障を脅かすスパイを捕まえるなと言っているようなものです。

北韓の違法な核武装とミサイル挑発、GPS妨害、汚物風船、さらには民主労総のスパイ事件に至るまで、巨大野党はこれらに同調するだけでなく、むしろ北韓側に立ちながら、これに対処しようと奮闘する政府を非難し続けてきました。また、北韓の違法な核開発による国連の対北韓制裁も、先に解除すべきだと主張しています。一体どこの国の政党であり、どこの国会なのか理解できません。

▼省略(생력)

검찰과 경찰의 내년도 특경비, 특활비 예산은 아예 0원으로 깎았습니다.

금융사기 사건, 사회적 약자 대상 범죄, 마약 수사 등 민생 침해 사건 수사, 그리고 대공 수사에 쓰이는 긴요한 예산입니다.

마약, 딥페이크 범죄 대응 예산까지도 대폭 삭감했습니다.

자신들을 향한 수사 방해를 넘어, 마약 수사, 조폭 수사와 같은 민생사범 수사까지 가로막는 것입니다. 대한민국을 간첩 천국, 마약 소굴, 조폭 나라로 만들겠다는 것 아닙니까?

이런 사람들이야말로 나라를 망치려는 반국가 세력 아닙니까?

그래놓고 자신들의 특권을 유지하기 위한 국회 예산은 오히려 늘렸습니다.

경제도 위기 비상 상황입니다.

거대 야당은 대한민국의 성장 동력까지 꺼트리려고 하고 있습니다.

민주당이 삭감한 내년 예산 내역을 보면 잘 알 수 있습니다.

원전 생태계 지원 예산을 삭감하고, 체코 원전 수출 지원 예산은 무려 90%를 깎아 버렸습니다.

차세대 원전 개발 관련 예산은 거의 전액을 삭감했습니다.

기초과학 연구, 양자, 반도체, 바이오 등 미래 성장 동력 예산도 대폭 삭감했습니다.

동해 가스전 시추 예산, 이른바 대왕고래 사업 예산도 사실상 전액 삭감했습니다.

청년 일자리 지원 사업, 취약계층 아동 자산 형성 지원 사업, 아이들 돌봄 수당까지 손을 댔습니다.

산업 생태계 조성을 위한 혁신 성장 펀드, 강소기업 육성 예산도 삭감했습니다.

재해 대책 예비비는 무려 1조원을 삭감하고, 팬더믹 대비를 위한 백신 개발과 관련 R&D 예산도 깎았습니다.

이처럼 지금 대한민국은 거대 야당의 의회 독재와 폭거로 국정이 마비되고 사회 질서가 교란되어, 행정과 사법의 정상적인 수행이 불가능한 상황입니다.

さらに、検察と警察の来年度の特別経費、特別活動費予算は完全にゼロに削減されました。これは、金融詐欺事件、社会的弱者を対象とした犯罪、麻薬捜査など、民生侵害事件の捜査、そして対共捜査に必要な予算です。麻薬やディープフェイク犯罪対応の予算まで大幅に削減されました。
自分たちに向けた捜査を妨害するだけでなく、麻薬捜査、暴力団捜査といった民生犯罪の捜査まで妨げています。これでは、大韓民国をスパイ天国、麻薬の巣窟、暴力団の国にしようとしているようなものです。
これらの人ーこそ、国を滅ぼそうとしている反国家勢力ではありませんか?その一方で、自分たちの特権を維持するための国会予算はむしろ増額しました。

経済も危機的な非常事態にあります。巨大野党は大韓民国の成長動力すら奪おうとしています。民主党が削減した来年度の予算内容を見れば、それがよくわかります。原発生態系支援予算を削減し、チェコへの原発輸出支援予算は何と90%も削減されました。次世代原発開発関連の予算はほぼ全額削減されました。基礎科学研究、量子、半導体、バイオなど未来の成長動力に関する予算も大幅に削減されました。東海ガス田の掘削予算、いわゆる「大王クジラ」プロジェクト予算も事実上全額削減されました。

青年雇用支援事業、弱者層の子供たちの資産形成支援事業、子どもたちへの保育手当まで削減しました。産業生態系の構築を目指した革新成長ファンド、中小企業の育成予算も削減されました。災害対策予備費は何と1兆ウォンも削減され、パンデミックへの備えとしてのワクチン開発や関連するR&D予算も削減されました。

このように、現在の大韓民国は、巨大野党による議会独裁と暴挙によって国政が麻痺し、社会秩序が乱れ、行政や司法の正常な遂行が不可能な状況です。

…………………………

하지만 제가 非常戒嚴(비상계엄)이라는 嚴重(엄중)한 決斷(결단)을 내리기까지 그동안 直接(직접) 참아 밝히지 못했던 더 深刻(심각)한 일들이 많이 있습니다. 

昨年(작년) 下半期(하반기) 選擧管理委員會(선거관리위원회)를 비롯한 憲法機關(헌법기관)들과 政府機關(정부기관)에 對(대)해 北韓(북한)의 해킹 攻擊(공격)이 있었습니다. 國家情報院(국가정보원)이 이를 發見(발견)하고 情報流出(정보유출)과 電算(전산)시스템 安全性(안전성)을 點檢(점검)하고자 했습니다. 다른 모든 機關(기관)들은 自身(자신)들의 參觀下(참관하)에 國情院(국정원)이 點檢(점검)하는 것에 同意(동의)하여 시스템 點檢(점검)이 進行(진행)되었습니다. 

그러나 選擧管理委員會(선거관리위원회)는 憲法機關(헌법기관)임을 내세우며 頑剛(완강)히 拒否(거부)하였습니다. 

그러다가 選管委(선관위)에 大規模(대규모) 採用(채용) 不正事件(부정사건)이 터져 監査(감사)와 搜査(수사)를 받게 되자 國情院(국정원)의 點檢(점검)을 받겠다고 한발 물러섰습니다. 그렇지만 全體(전체) 시스템 裝備(장비)에 아주 一部分(일부분)만 點檢(점검)에 應(응)하였고 나머지는 不應(불응)했습니다. 

시스템 裝備(장비) 一部分(일부분)만 點檢(점검)했지만 狀況(상황)은 深刻(심각)했습니다. 國情院職員(국정원직원)이 해커로서 해킹을 試圖(시도)하자 얼마든지 데이터 操作(조작)이 可能(가능)하였고 防火壁(방화벽)도 事實上(사실상) 없는 것이나 마찬가지였습니다. 秘密番號(비밀번호)도 아주 單純(단순)하여 1 2 3 4 5 같은 式(식)였습니다. 시스템 保安管理會社(보안관리회사)도 아주 작은 規模(규모)의 專門性(전문성)이 매우 不足(부족)한 會社(회사)였습니다. 

저는 當時(당시) 大統領(대통령)으로서 國情院(국정원)의 報告(보고)를 받고 衝擊(충격)에 빠졌습니다. 民主主義(민주주의) 核心(핵심)인 選擧(선거)를 管理(관리)하는 電算(전산)시스템이 이렇게 엉터리인데 어떻게 國民(국민)들이 選擧結果(선거결과)를 信賴(신뢰)할 수 있겠습니까? 

選管委(선관위)도 國情院(국정원)의 保安點檢(보안점검) 過程(과정)에 立會(입회)하여 直接(직접 )보았지만 自身(자신)들이 直接(직접) 데이터를 造作(조작)한 일이 없다는 辨明(변명)만 되풀이할 뿐이었습니다. 

選管委(선관위)는 憲法機關(헌법기관)이고 司法府(사법부) 關係者(관계자)들이 委員(위원)으로 있어 令狀(영장)에 依(의)한 押收搜索(압수수색)이나 强制搜査(강제수사)가 事實上(사실상) 不可能(불가능)합니다. 스스로 協助(협조)하지 않으면 眞相糾明(진상규명)이 不可能(불가능)합니다. 

지난 24年 4月 總選(총선)을 앞두고도 問題(문제) 있는 部分(부분)에 對(대)한 改善(개선)을 要求(요구)했지만 제대로 改善(개선)되었는지는 알 수 없습니다. 

그래서 저는 이번에 國防長官(국방장관)에게 選管委(선관위) 電算(전산)시스템을 點檢(점검)하도록 指示(지시)한 것입니다. 最近(최근) 巨大野黨(거대야당) 民主黨(민주당)이 自身(자신)들의 非理(비리)를 搜査(수사)하고 監査(감사)하는 서울中央地檢長(중앙지검장)과 檢事(검사)들 憲法機關(헌법기관)인 監査院長(감사원장)을 彈劾(탄핵)하겠다고 하였을 때 저는 이제 더 以上(이상)은 그냥 지켜볼 수만 없다고 判斷(판단)했습니다. 뭐라도 해야 되겠다고생각했습니다. 

이들은 이제 곧 司法府(사법부)에도 彈劾(탄핵)의 칼을 들이댈 것이 分明(분명)했습니다. 저는 非常戒嚴令(비상계엄령) 發動(발동)을 생각하게 되었습니다. 

巨大野黨(거대야당)이 憲法上(헌법상) 權限(권한)을 濫用(남용)하여 違憲的(위헌적) 措置(조치)들을 繼續(계속) 反復(반복)했지만 저는 憲法(헌법)에 틀 내에서 大統領(대통령)의 權限(권한)을 行使(행사)하기로 했습니다. 現在(현재)의 亡國的(망국적) 國政痲痺(국정마비) 狀況(상황)을 社會攪亂(사회교란)으로 因(인)한 行政(행정) 司法(사법)의 國家機能(국가기능) 崩壞狀態(붕괴상태)로 判斷(판단)하여 戒嚴令(계엄령)을 發動(발동)하되그 目的(목적)은 國民(국민)들에게 巨大野黨(거대야당)의 反國家的(반국가적) 悖惡(패악)을 알려 이를 멈추도록 警告(경고)하는 것이었습니다. 그럼으로써 自由民主主義(자유민주주의)憲政秩序(헌정질서)의 崩壞(붕괴)를 막고 國家機能(국가기능)을 正常化(정상화)하고자 하였습니다.

しかし、私が非常戒厳という重い決断を下すまでこれまで我慢し、直接明らかにできなかったより深刻なことがたくさんあります。

昨年(2023年)下半期、選擧管理委員会をはじめ憲法機關と政府機関に対し北韓のハッキング攻擊がありました。国家情報院がこれを発見し、情報流出と電算システムの安全性を点検しようとしました。他のすべての機関は、自身達の参観下で国情院が点検することに同意し、システム点検が進行されました。

しかし選擧管理委員会は憲法機関であるからと言い、点検を頑強に拒否しました。その時、選管委の大規模な採用不正事件が暴露され、監査と捜査を受けるようになると国情院点検を受けるようになると一歩退きました。しかし、全体システム裝備の非常に一部分のみ点検に応じ、残りは応じませんでした。

裝備の一部分だけ点検しましたが、状況は深刻でした。国情院職員がハッカーとしてハッキングしてみましたが、いくらでもデータ操作が可能で防火壁(ファイア ウォール)は事実上ないものと同じでしたパスワードもとても単純で、12345のようなものでした。システム保安管理會社は非常に小さい規模の專門性が非常に不足した会社でした。

私は当時、大統領として国情院の報告を受けて衝撃を受けました。民主主義の核心である選挙を管理する電算システムがこんなにでたらめなのに、どうやって国民が選挙結果を信賴できるでしょうか?選管委も国情院の保安点検過程に立ち会いして直接見ましたが、自身達が直接データを操作したことはないと繰り返すだけでした。

選管委は憲法機関であり、司法府関係者達が委員になっていて、令狀に依る押収捜査や强制搜査が事実上不可能です。自ら協力してくれないと真相究明が不可能です。2024年4月総選挙の前にも問題のある部分に対し、改善を要求しましたが、まともに改善されたかは知ることができません。

だから私はこのたび国防長官に選挙管理委員会の電算システムを点検するよう指示したのです。

最近、巨大野党、民主党が自身の非理を捜査し監査するソウル中央地検長と検事達、憲法機関監査院長を弾劾すると言ったとき、私は今、これ以上、ただ見守ることはできないと判断しました。何でもしなければならないと思いました。彼らは今、やがて司法府にも弾劾の剣を振りかざすことが明らかでした。私は非常戒厳令の発動を考えるようになりました。

巨大野党は憲法上権限を乱用し、違憲的措置(そち)を継続反復しましたが、私は憲法の枠内で大統領の権限を行使することにしました。現在の亡国的国政麻痺狀況を社会撹乱によるに行政・司法の国家機能崩壊状態と判断し戒厳令を発動しましたが、その目的は国民に巨大野党の反国家的悖惡(はいあく=不善)を知らせ、これを止(や)めるように警告することでした。それにより、自由民主主義憲政秩序崩壊を防ぎ、国家機能を正常化しようとしました。

……………

사실 12월 4일 계엄 해제 이후 민주당에서 감사원장과 서울중앙지검장 등에 대한 탄핵안을 보류하겠다고 하여 짧은 시간의 계엄을 통한 메시지가 일정 부분 효과가 있었다고 생각했습니다. 그러나 이틀 후 보류하겠다던 탄핵소추를 그냥 해 버렸습니다.

비상계엄의 명분을 없애겠다는 뜻이었습니다.

애당초 저는 국방장관에게, 과거의 계엄과는 달리 계엄의 형식을 빌려 작금의 위기 상황을 국민들께 알리고 호소하는 비상조치를 하겠다고 했습니다.

그래서 질서 유지에 필요한 소수의 병력만 투입하고, 실무장은 하지 말고, 국회의 계엄 해제 의결이 있으면 바로 병력을 철수시킬 것이라고 했습니다.

실제로 국회의 계엄 해제 의결이 있자 국방부 청사에 있던 국방장관을 제 사무실로 오게 하여 즉각적인 병력 철수를 지시하였습니다.

제가 대통령으로서 발령한 이번 비상조치는 대한민국의 헌정 질서와 국헌을 망가뜨리려는 것이 아니라, 국민들에게 망국의 위기 상황을 알려 드려 헌정 질서와 국헌을 지키고 회복하기 위한 것입니다.

소규모이지만 병력을 국회에 투입한 이유도 거대 야당의 망국적 행태를 상징적으로 알리고, 계엄 선포 방송을 본 국회 관계자와 시민들이 대거 몰릴 것을 대비하여 질서 유지를 하기 위한 것이지, 국회를 해산시키거나 기능을 마비시키려는 것이 아님은 자명합니다.

300명 미만의 실무장하지 않은 병력으로 그 넓디넓은 국회 공간을 상당 기간 장악할 수 없는 것입니다.

과거와 같은 계엄을 하려면 수만 명의 병력이 필요하고, 광범위한 사전 논의와 준비가 필요하지만,

저는 국방장관에게 계엄령 발령 담화 방송으로 국민들께 알린 이후에 병력을 이동시키라고 지시했습니다.

그래서 10시 30분 담화 방송을 하고 병력 투입도 11시 30분에서 12시 조금 넘어서 이루어졌으며, 1시 조금 넘어 국회의 계엄 해제 결의가 있자 즉각 군 철수를 지시하였습니다.

결국 병력이 투입된 시간은 한두 시간 정도에 불과합니다.

만일 국회 기능을 마비시키려 했다면, 평일이 아닌 주말을 기해서 계엄을 발동했을 것입니다.

국회 건물에 대한 단전, 단수 조치부터 취했을 것이고, 방송 송출도 제한했을 것입니다.

그러나 그 어느 것도 하지 않았습니다.

국회에서 정상적으로 심의가 이루어졌고, 방송을 통해 온 국민이 국회 상황을 지켜보았습니다.

자유민주 헌정 질서를 회복하고 수호하기 위해 국민들께 망국적 상황을 호소하는 불가피한 비상조치를 했지만,

사상자가 발생하지 않도록 안전사고 방지에 만전을 기하도록 하였고, 사병이 아닌 부사관 이상 정예 병력만 이동시키도록 한 것입니다.

저는 이번 비상계엄을 준비하면서 오로지 국방장관하고만 논의하였고, 대통령실과 내각 일부 인사에게 선포 직전 국무회의에서 알렸습니다.

각자의 담당 업무 관점에서 우려되는 반대 의견 개진도 많았습니다.

저는 국정 전반을 보는 대통령의 입장에서 현 상황에서 이런 조치가 불가피하다고 설명했습니다. 군 관계자들은 모두 대통령의 비상계엄 발표 이후 병력 이동 지시를 따른 것이니만큼, 이들에게는 전혀 잘못이 없습니다.

그리고 분명히 말씀드리지만, 저는 국회 관계자의 국회 출입을 막지 않도록 하였고, 그래서 국회의원과 엄청나게 많은 인파가 국회 마당과 본관, 본회의장으로 들어갔고 계엄 해제 안건 심의도 진행된 것입니다.

그런데도 어떻게든 내란죄를 만들어 대통령을 끌어내리기 위해 수많은 허위 선동을 만들어내고 있습니다.

도대체 2시간짜리 내란이라는 것이 있습니까?

질서 유지를 위해 소수의 병력을 잠시 투입한 것이 폭동이란 말입니까?

거대 야당이 거짓 선동으로 탄핵을 서두르는 이유가 무엇이겠습니까?

단 하나입니다.

거대 야당 대표의 유죄 선고가 임박하자, 대통령의 탄핵을 통해 이를 회피하고 조기 대선을 치르려는 것입니다.

국가 시스템을 무너뜨려서라도, 자신의 범죄를 덮고 국정을 장악하려는 것입니다.

이야말로 국헌 문란 행위 아닙니까?

저를 탄핵하든, 수사하든 저는 이에 당당히 맞설 것입니다. 저는 이번 계엄 선포와 관련해서 법적, 정치적 책임 문제를 회피하지 않겠다고 이미 말씀드린 바 있습니다.

저는 대통령 취임 이후 지금까지 단 한 순간도 개인적인 인기나 대통령 임기, 자리보전에 연연해온 적이 없습니다.

자리보전 생각만 있었다면, 국헌 문란 세력과 구태여 맞서 싸울 일도 없었고 이번과 같이 비상계엄을 선포하는 일은 더더욱 없었을 것입니다.

5년 임기 자리 지키기에만 매달려 국가와 국민을 외면할 수 없었습니다.

저를 뽑아주신 국민의 뜻을 저버릴 수 없었습니다. 하루가 멀다 하고 다수의 힘으로 입법 폭거를 일삼고 오로지 방탄에만 혈안이 되어 있는 거대 야당의 의회 독재에 맞서, 대한민국의 자유민주주의와 헌정 질서를 지키려 했던 것입니다.

그 길밖에 없다고 판단해서 내린 대통령의 헌법적 결단이자 통치행위가 어떻게 내란이 될 수 있습니까?

대통령의 비상계엄 선포권 행사는 사면권 행사, 외교권 행사와 같은 사법심사의 대상이 되지 않는 통치행위입니다.

국민 여러분, 지금 야당은 저를 중범죄자로 몰면서, 당장 대통령직에서 끌어내리려 하고 있습니다.

만일 망국적 국헌 문란 세력이 이 나라를 지배한다면 어떤 일이 벌어지겠습니까?

위헌적인 법률, 셀프 면죄부 법률, 경제 폭망 법률들이 국회를 무차별 통과해서 이 나라를 완전히 부술 것입니다.

원전 산업, 반도체 산업을 비롯한 미래 성장 동력은 고사될 것이고, 중국산 태양광 시설들이 전국의 삼림을 파괴할 것입니다.

우리 안보와 경제의 기반인 한미동맹, 한미일 공조는 또다시 무너질 것입니다.

북한은 핵과 미사일을 고도화하여 우리의 삶을 더 심각하게 위협할 것입니다.

그러면 이 나라, 대한민국의 미래가 어떻게 되겠습니까?

간첩이 활개치고, 마약이 미래 세대를 망가뜨리고, 조폭이 설치는, 그런 나라가 되지 않겠습니까?

지금껏 국정 마비와 국헌 문란을 주도한 세력과 범죄자 집단이 국정을 장악하고, 대한민국의 미래를 위협하는 일만큼은 어떤 일이 있어도 막아야 합니다. 저는 끝까지 싸울 것입니다.

국민 여러분, 국정 마비의 망국적 비상 상황에서 나라를 지키기 위해, 국정을 정상화하기 위해, 대통령의 법적 권한으로 행사한 비상계엄 조치는, 대통령의 고도의 정치적 판단이고, 오로지 국회의 해제 요구만으로 통제할 수 있는 것입니다.

이것이 사법부의 판례와 헌법학계의 다수 의견임을 많은 분들이 알고 있습니다.

저는 국회의 해제 요구를 즉각 수용하였습니다.

계엄 발령 요건에 관해 다른 생각을 가지고 계신 분들도 있습니다만,

나라를 살리려는 비상조치를 나라를 망치려는 내란 행위로 보는 것은, 여러 헌법학자와 법률가들이 지적하는 바와 같이 우리 헌법과 법 체계를 심각한 위험에 빠뜨리는 것입니다.

저는 묻고 싶습니다.

지금 여기저기서 광란의 칼춤을 추는 사람들은 나라가 이 상태에 오기까지 어디서 도대체 무얼 했습니까? 대한민국의 상황이 위태롭고 위기에 놓여 있다는 생각도 전혀 하지 않았다는 말입니까?

공직자들에게 당부합니다.

엄중한 안보 상황과 글로벌 경제 위기에서 국민의 안전과 민생을 지키는 일에 흔들림 없이 매진해 주시기 바랍니다.

국민 여러분, 지난 2년 반, 저는 오로지 국민만 바라보며, 자유민주주의를 지키고 재건하기 위해 불의와 부정, 민주주의를 가장한 폭거에 맞서 싸웠습니다.

피와 땀으로 지켜온 대한민국, 우리의 자유민주주의를 지키는 길에 모두 하나가 되어주시길 간곡한 마음으로 호소드립니다.

저는 마지막 순간까지 국민 여러분과 함께 싸우겠습니다.

짧은 시간이지만 이번 계엄으로 놀라고 불안하셨을 국민 여러분께 다시 한번 사과드립니다.

국민 여러분에 대한 저의 뜨거운 충정만큼은 믿어주십시오.

감사합니다.

実際、12月4日に戒厳が解除された後、民主党は監査院長やソウル中央地検長などに対する弾劾案を保留すると発表しました。短期間の戒厳を通じて発したメッセージが一定の効果を発揮したと考えていました。しかし、その2日後には保留すると言っていた弾劾訴追を強行しました。これは、非常戒厳の正当性を否定しようという意図でした。 

私は当初、国防長官に、過去の戒厳とは異なり、現在の危機状況を国民に知らせ、訴える非常措置として戒厳を行う意図であることを伝えました。そのため、秩序維持に必要な少数の兵力だけを投入し、実務行動は行わず、国会が戒厳解除を決議すれば直ちに兵力を撤収させる予定でした。実際、国会が戒厳解除を決議した際、国防部庁舎にいた国防長官を私の執務室に呼び、即時撤収を指示しました。 
  
私が大統領として発令した今回の非常措置は、大韓民国の憲政秩序と国家の根本を破壊するためではなく、国民に危機状況を知らせ、憲政秩序と国の根本を守り、回復するためのものでした。   
小規模ではありますが、兵力を国会に投入したのは、巨大野党の亡国的な行為を象徴的に知らせるためであり、国会関係者や市民が多数押し寄せる事態に備えて秩序を維持するためであって、国会を解散させたり機能を麻痺させるためではありませんでした。 
 
300人未満の、実務行動を行わない兵力で広大な国会空間を長期間掌握することは不可能です。過去のような戒厳を行うには、数万人の兵力が必要であり、広範囲にわたる事前の議論と準備が必要ですが、私は国防長官に戒厳令発令談話を国民に知らせた後に兵力を移動するよう指示しました。 

そのため、午前10時30分に談話放送を行い、兵力投入も午前11時30分から午後12時頃に行われ、午後1時を少し過ぎたところで国会の戒厳解除決議があり、直ちに軍の撤収を指示しました。結果として、兵力が投入されていた時間はわずか1〜2時間に過ぎません。 

もし国会の機能を麻痺させるつもりであれば、平日ではなく週末を狙って戒厳を発動したでしょう。また、国会建物に対して電力や水道を遮断する措置を講じたはずですし、放送の送出も制限したでしょう。しかし、そのいずれも行いませんでした。国会では正常に審議が行われ、放送を通じて全国民が国会の状況を見守りました。 

自由民主主義の憲政秩序を回復し、守るため、国民に亡国的な状況を訴える不可避な非常措置を行いましたが、人的被害が発生しないよう、安全事故の防止に万全を期し、下士官以上の精鋭兵力だけを移動させました。 

私は今回の非常戒厳を準備する中で、ただ国防長官とだけ議論しました。大統領府や内閣の一部の関係者には、発令直前の閣議で知らせました。各担当者の立場から懸念を表明する反対意見も多くありましたが、私は国政全般を見守る大統領として、この措置が避けられないことを説明しました。 

軍関係者はすべて、大統領の非常戒厳発表後に兵力移動指示を遵守したものであり、彼らには全く過失はありません。そして明確に申し上げますが、私は国会関係者の国会出入りを妨害しないよう指示しました。その結果、多数の国会議員や多くの人々が国会の敷地や本館、本会議場に入ることができ、戒厳解除案の審議も行われました。 

それにもかかわらず、どうにかして内乱罪を作り上げ、大統領を引きずり下ろそうと、多くの虚偽の扇動が行われています。一体、2時間の内乱などというものがあるのでしょうか?秩序維持のために少数の兵力を一時的に投入したことが暴動だというのでしょうか? 

巨大野党が虚偽の扇動を用いて弾劾を急ぐ理由は何でしょうか?ただ一つです。 巨大野党代表の有罪判決が迫っている中、大統領の弾劾を通じてこれを回避し、早期の大統領選挙を実現させようとしているのです。国家のシステムを破壊してでも、自らの犯罪を隠し、国政を掌握しようとしているのです。これこそが国家秩序を乱す行為ではありませんか? 

私は弾劾されようが、捜査を受けようが、これに堂々と立ち向かいます。 
今回の戒厳発令に関連して、法的、政治的責任を回避しないことはすでに申し上げた通りです。 

私は大統領就任以来、今に至るまで一度たりとも個人的な人気や大統領の任期、地位の保持に執着したことはありません。 

地位を守ることだけを考えていれば、国家秩序を乱す勢力とわざわざ戦う必要もなく、今回のように非常戒厳を発令することはさらにありませんでした。 

5年の任期を守ることに専念するだけで、国家や国民を無視することはできませんでした。 私を選んでくださった国民の意思を裏切ることはできませんでした。 

日ごとに多数の力を使い、立法暴挙を繰り返し、防御にのみ執着する巨大野党の議会独裁に立ち向かい、大韓民国の自由民主主義と憲政秩序を守るために行動したのです。 
その道しかないと判断して下した、大統領としての憲法上の決断であり、統治行為がどうして内乱になるのでしょうか? 

大統領の非常戒厳発令権の行使は、赦免権の行使や外交権の行使と同様に、司法審査の対象にならない統治行為です。 

国民の皆さま 現在、野党は私を重犯罪者に仕立て上げ、ただちに大統領職から引きずり下ろそうとしています。 

もし、亡国的な国家秩序を乱す勢力がこの国を支配した場合、どのような事態が起こるのでしょうか? 

違憲的な法律、自らに免罪符を与える法律、経済を破壊する法律が国会を無差別に通過し、この国を完全に崩壊させるでしょう。 原子力産業や半導体産業などの未来の成長動力が枯渇し、中国製の太陽光パネル施設が全国の森林を破壊するでしょう。 

我々の安全保障と経済の基盤である韓米同盟、韓米日協力が再び崩壊するでしょう。 
北朝鮮は核とミサイルを高度化し、我々の生活をさらに深刻に脅かすでしょう。 

そうなれば、この国、大韓民国の未来はどうなるのでしょうか? スパイが横行し、麻薬が未来世代を破壊し、暴力団が跋扈する、そんな国になりはしないでしょうか? 

これまで国政の麻痺と国家秩序の混乱を主導した勢力や犯罪者集団が国政を掌握し、大韓民国の未来を脅かす事態だけは、どのようなことがあっても阻止しなければなりません。 私は最後まで戦います。 

国民の皆さま。国政麻痺という亡国的な非常状況からこの国を守り、国政を正常化するために、大統領の法的権限として行使した非常戒厳措置は、大統領の高度な政治的判断であり、国会による解除要求だけでコントロール可能なものでした。 

これが司法部の判例や憲法学界の多数意見であることを、多くの方々が知っています。 私は国会の解除要求を即時受け入れました。 

非常戒厳の発令要件について、異なる考えを持つ方々もいますが、この国を救うための非常措置を国家を滅ぼそうとする内乱行為と見なすのは、憲法学者や法学者が指摘するように、我々の憲法と法体系を深刻な危機に陥れるものです。 
私は問いかけたいと思います。 

今、この国をここまで危機的な状況に追い込んだ人々は、一体どこで何をしていたのでしょうか? 大韓民国がこれほど危険で、危機的な状況にあるという認識すら持っていなかったということなのでしょうか? 

公職者の皆さんへ。

厳しい安全保障状況と世界的な経済危機の中で、国民の安全と生活を守るために、揺るぎなく努力を続けていただきたいと思います。

国民の皆さま。

この2年半、私はただひたすら国民の皆さまだけを見つめ、自由民主主義を守り再建するため、不正と不義、民主主義を装った暴挙に立ち向かってきました。 

血と汗で守られた大韓民国、私たちの自由民主主義を守るために、すべての国民が一つとなるよう、心から訴えます。 私は最後の瞬間まで、国民の皆さまと共に戦い抜きます。 短い間ではありましたが、今回の戒厳により驚き、不安を感じられた国民の皆さまに、改めてお詫び申し上げます。 

国民の皆さまに対する私の熱い真心だけは、どうか信じてください。 ありがとうございます。